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2010.12.1(水)二分の一成人式
2010.11.30(火)〜12.4(金)笠松中学校職場体験『14歳の挑戦』
2010.12.5(日)改善活動
2010.12.6(月)プリン発見
2010.12.10(金)寒い朝と温かい本
2010.12.13(月)松枝小学校学校評議員の会
2010.12.16(木)下羽栗小学校鼓笛隊演奏
2010.12.19(日)笠松駅イルミネーション2010“銀河系笠松駅”点灯式
2010.12.20(月)公民館運営審議会
2010.12.26(日)長男の会忘年会
2010.12.30(木)岐阜羽島衛生施設組合新施設建設予定地と新濃尾大橋
2010.12.30(木)北野神社正月準備
2010.12.30(木)北野神社正月準備
今年も最後の締めくくりの北野神社正月準備です。掃除をし、しめ飾りを整え一時間程ですが これを行うと年が暮れるのを実感します。境内の梅の木にはすでに花芽がついてきています。確実に季節は移ろいでいます。
今年も一年間、ありがとうございました。来年は更に激動の一年になりそうな気がします。皆さんのご声援をよろしくお願いいたします。
2010.12.30(木)岐阜羽島衛生施設組合新施設建設予定地と新濃尾大橋
12月の始め頃だったでしょうか、岐阜羽島衛生施設組合新施設建設予定地のすぐ近くの堤防中段に大きなコンクリートボックスが置かれました。一体何が始まるのだろうと思っていたところ、先日「新濃尾大橋(仮称)架橋予定位置」の表示板が設置されました。先日、議会で報告されました 「岐阜羽島衛生施設組合 次期ごみ処理施設建設に係る 環境影響評価準備書(案)のあらまし」に示されたイメージパースにも新橋梁が描かれています。
2010.12.26(日)長男の会忘年会
同級生家族と共に忘年会です。最もリラックス出来る仲間たちです。
今回は、友人宅に料理を持ち寄っての忘年会、会費は持ち寄った料理と飲み物と言う事でした。私のところでは、先日この見聞録でも紹介した「生キャラメル」「カツオのたたき食べるラー油仕込み」「餃子鍋」です。みんなで持ち寄った食材で大いに盛り上がりました。子どもたちも保育園の年長さんから高校三年生まで元気にはっしゃいでました。
2010.12.20(月)公民館運営審議会
平成22年度第2回の公民館運営審議会が開催されました。これまでの公民館の運営状況説明と今後の予定が説明されました。その中で「新成人の集い」についても審議されました。今までは 「新成人の集い」への案内は町内に現住所が有る対象者の方へ出されていました。進学や就職で笠松町から現住所を離れた方へは、実家が笠松に有っても案内はありませんでした。友人や保護者の方から知らせを受けた本人や保護者自身が 公民館等に問い合わせを行えば参加可能との事でした。しかし、「新成人の集い」の実態は笠松中学校の同窓会と言っても過言では有りません。ですから笠松中学校卒業生全員と実家が笠松に有る対象者へ拡大すべき出はないかと提言しました。申請主義ではなく「新成人の集い」こそ 故郷からの招待状で有って欲しいと想いました。実は私自身の成人式の時には、笠松ではなく大阪の豊中市に住所が有りました。当時の記憶が正しければ、往復葉書が寮に来て先着○○名様の参加だったような気がします。だれも知り合いがいない豊中市の成人式に参加は望みませんでしたし、当日は休日出勤をしていた様な気がします。ただ笠松で成人式を終えた友人から寮に電話をもらった事がとても嬉しかった事は、鮮明に覚えています。
笠松で育った君を“故郷は決して忘れない”そんな気持ちの招待状が届けられる事を切望します。
2010.12.19(日)笠松駅イルミネーション2010“銀河系笠松駅”点灯式
岐阜工業高校電子科の生徒さんが 高校生活三年間お世話になった名鉄笠松駅と笠松町に感謝を込めて「イルミネーションで明るく飾って皆さんに元気になってもらいたい」そんなコンセプトを11月12日に笠松町と名鉄に対してプレゼンが行われました。その新聞記事を見た笠松町民の方から手紙と供に寄付が寄せられました。その手紙は点灯式で読み上げられました。その手紙には元気だった頃の笠松を懐かしむと供に元気づけてくれる岐工電子科の生徒さん方への感謝の言葉が綴られていました。きっと町民の方は、そんな岐阜工業高校の皆さんを誇りに思って戴けたに違いありません。ここにも街の“誇り”がひとつ生まれました。
今日は、16日に15歳を迎えた次男の誕生日を祝いました。中学3年生で受験を控えていますが 全く切迫感が有りません。これが良いのか悪いのか・・・なかなかの大物なのか?単なる・・・なのか?
とにかく15歳の誕生日おめでとう!!君の未来に乾杯!!
2010.12.16(木)下羽栗小学校鼓笛隊演奏
さる11月16日(火)に笠松町役場駐車場に於いて、名誉町民である、松原登士弘さんから電気自動車と下羽栗小学校整備基金の寄付をいただきました。その後の議会で「下羽栗小学校整備基金条例」を可決成立致しました。その感謝の気持ちを伝えるために、(株)光制作所の駐車場で鼓笛隊の演奏を行いました。演奏されたのは、校歌とJupiterです。そのすばらしい演奏に訪れた保育園児、父兄、そして松原さんから温かい拍手を受けていました。
彼らの中では、一生消えない思い出になったと思います。そして笠松町に生まれた事、下羽栗小学校に通学した事が大きな誇りになったと思います。つまり自分の街に誇りを持つと言う事は、抽象的な事では無く、実に具体的な事実、事柄の積み重ねに違いないのです。その誇りを与えて下さった松原さんに感謝すると供に、その誇りを次に伝え、広げてくれる事を切望します。
2010.12.13(月)松枝小学校学校評議員の会
今年度二回目の学校評議員の会が授業参観日に併せて開催されました。今回から主任児童員の方が替わった事で、参加メンバーに変更がありました。更に昨年度までは、授業参観を外して行われていました。単独で授業を見せていただくのとは随分違いが有ります。その上、参観される保護者の方態度も気になるところです。
校長先生から現在の学校内の様子や、学校経営の方針などの説明をお聞きしてから各学級を参観させていただきました。以前に比べると随分落ち着いて来た様に感じられるのですが、授業に集中出来ないと思われる児童も見受けられました。学校側からのお願いで町単の加配の成果も出ている様で、これからの継続を要望されています。
いつもの様に、廊下に張り出されている絵に興味を引かれます。同じ学年内で同じ題材で描くと、その学級の様子が手に取る様にわかります。先生のチョットした指導の差や、日頃の児童に対する接し方の違いが出る様な気がします。多くの場合、よほどの事が無い限り どれが正解でどれが違っていると言う問題では無いのですが、児童の個性を引き出せているかどうかの違いは有る様な機がします。
2010.12.10(金)寒い朝と温かい本
この冬一番の寒さに包まれた岐阜、発表された最低気温は0.7℃(露点温度:-0.5℃)です。そのお陰か自動車のフロントガラスがしっかり凍り付いていました。もちろん今シーズン初です。
こんな日に三男が学校図書館で借りてきたのが「わたしはひろがる」と言う絵本です。よく見ると岐阜県藤橋村出身の方が作者です。1912年生まれで県内の小学校教諭をされていた岸 武雄 先生です。代表的な著書を見ると「千本松原」とあります。これは私が小学校の時に購入した本です。多分、現在でも家の中の何処かに潜んでいるはずです。
そして「わたしはひろがる」ですが、主人公の少女が弟や母の気持ちが理解出来る様になって行きます。更には、世界中の人々の事が理解出来、それぞれが自分の中に入って来るのです。その分だけ自分の心が広がって行く、そんなお話しです。実にやさしく、素直に心に響きます。小学生と言うより、今の中学生に読ましてやりたいと思いました。もちろん次男にも勧めておきましたが・・・
2010.12.6(月)プリン発見
以前から気になっていた幟旗がありました。木曽川右岸堤防を南下、馬飼大橋の手前数百メートルの堤防下に卵の自販機があるのですが、そこに新しい「プリン」の幟旗。今日はちょっと寄り道してみました。そこには「たまごやさんが作ったプリン」の文字。早速200円で買って見ました。家内と一緒に試食してみました。適度な甘さがあり、さっぱりしているのにこくがあります。とてもおいしいプリンでした。
2010.12.5(日)改善活動
川島化成で生産しています、成形部品。組立検査工程での改善活動です。今までは、組立の為だけに使用していた組立治具、これに9個のリミットスイッチ、4個のリレー、プリセットカウンターを追加し検査の機械化を図ります。その事で次工程である検査工程で、省力化を企んでいます。リミットスイッチの取付位置の修正やシーケンス改良などで予定以上に大幅に時間がかかってしましましたが何とか出来上がりました。後は微調整だけです。
2010.11.30(火)〜12.4(金)笠松中学校職場体験『14歳の挑戦』
昨年に引き続き、笠中二年生が職場体験に来ています。昨年同様、男子生徒二名です。最初は緊張していたのですが二日目以降は、仕事も覚え指示する前に行動がとれる事も見られるようになって来ます。彼らもどんな立場でここに来ているのかは理解して来ていると思われます。
彼らは気が付いていないのかも知れません。膨大に残っている時間の大きさを。その大きさが彼らの可能性そのものだと思います。おそらくその時間をもてあましているのだと思います。私がそうだった様に・・・
2010.12.1(水)二分の一成人式
今年も二分の一成人式冊子の配布ができる時が巡って来ました。
昨年の配布時に保護者の方にアンケートを実施致しました。(その結果はここをクリックしてダウンロードして下さい。)多くのご意見をいただき、その一つ一つについて家庭部会で検討させて頂きました。一部の思い違い等があったり、率直なご意見があったりと、私たち部会員も独りよがりにならずに進めて行く事の糧になったと感じています。
検討の結果、町から協働型事業補助金をうけ、製本のみを業者にお願いしました。とても綺麗に仕上がりましたが“手作り感”は薄れてしまいました。それに加え部会員としての達成感も薄れてしまった気がします。でも私たちの自己満足ではなく、手にとっていただく親子にとって思い出深い物になればそれが一番だと感じています。本当の成人式で渡しては、とのご意見もいただきました。これも部会で検討してきました。全員に配布は無理でも何だかの方法で提示出来有ると良いなと私自身は感じています。
貴重なご意見ありがとうございました。今年もよろしくお願いいたします。
2010.11.4(木)笠松町青少年健全育成講演会
2010.11.4(木)生キャラメル
2010.11.6(土)岐阜工業高校と笠松中学校
2010.11.8(月)笠松町遺族会秋季戦没者追悼法要
2010.11.9(火)江南市議
2010.11.10(水)後援申請完了
2010.11.11(木)経過報告8
2010.11.13(土)羽島市議GG交流会/笠希な集い23
2010.11.14(日)事務所開所式
2010.11.16(火)電気自動車・下羽栗小学校寄付金受領式
2010.11.20(土)第108回岐阜掃除に学会
2010.11.20(土)松枝小学校同窓会
2010.11.23(火)笠松中学校3年5組 募金活動と平和コンサート
2010.11.28(日)第2回田代中親睦ソフトボール大会
2010.11.28(日)第2回田代中親睦ソフトボール大会
第2回田代中親睦ソフトボール大会が北及の運動公園で開催されました。
昨年も出場のお誘いがありましたが、参加する事ができませんでした。今年は、次男へのお誘いでしたが、彼も一応受験生と言う事で私が参加する事になりました。
ソフトボールをする事、事態が10年ぶり位でしょうか?しかも今回は二試合ありその二試合供にスタメンのフル出場です。多分それだけソフトボールに参加する事は無かったと思います。それどころか球技に参加する事すら、学生時代以降記憶がありません。ところが今日は、三振が無かった上に打率も5割を超えているのです。更に二つもフライを受け、アウトを取ったのです。球技の全く苦手な私としては、あり得ない事でした。
最近は毎日運動をしている成果で使っていない筋肉に少し痛みを感じた程度で済み、夕方ジョギングをしたらほとんど感じなくなりました。やはり、「継続は力」です。
勝敗は、三チームのリーグ戦、全チーム一勝一敗で引き分けでした。私の参加したチームは、最初14対11で勝利、二試合目は1対4で敗戦でした。次回は、少し練習してから参加してみたいです。
2010.11.23(火)笠松中学校3年5組 募金活動と平和コンサート
「私たちは、5月から平和学習を始め、広島での平和研修では、戦争の被害の悲惨さを目の当たりにし、被害が子どもたちにも及ぶ事を実感しました。また、戦争は過去のものではなく、現在も世界各地で、戦争や内戦の影響があることも学びました。学校に行きたくても行けない子どもが、この世界にたくさんいることを知って、中学生の私たちが出来る事は、書き損じはがきを集めて、文房具を買ってもらうことや募金をする事が子どもたちを救うことにつながると考えました。そこで、平和学習の一環として、書き損じはがきキャンペーンに参加することにしました。
書き損じはがきは“世界寺子屋運動”名古屋実行委員会へ送ります。」
こんな案内を頂きました。また学校側からは、募金活動と平和コンサートの目的として以下の様な文書が配布されて来ました。
・平和の意味をかみしめ、少しでも世界の平和のために貢献する行動力を身につける。
・よりよい人間関係形成能力(コミュこニケーション能力)を募金活動を通して養う。
・募金に協力していただいた多くの方々に感謝の気持ちを合唱で表現できる。
・地元への愛着や袴りを持ち、礼儀やマナーを身につけ、感謝の気持ちを言葉で表すことができる。
カラフルタウンの中を大きな声で募金を呼びかける姿を見ると、少し感動しました。何でも一所懸命に行う事で人の心を揺さぶる事ができるのです。恥ずかしやを少しの勇気で乗り越えるとそこには、大きな成果が待っています。
でも丁度、「平和の鐘」を合唱しているその時、となりの国同士で砲撃の応酬が行われていたのです。
2010.11.20(土)松枝小学校同窓会
まもなく松枝小学校を卒業して40年を迎える事を記念した、同窓会を開催する事ができました。樋口先生・安藤先生・村瀬先生にもご参加して頂き、本当に楽しい一時を過ごす事ができました。
古い松枝小学校の写真を学校倉庫から借り出してスキャンしたもの、以前の同窓会の写真、小学校時代の写真などをスライドショーにして皆さんに楽しんで頂きました。二次会を含めあっという間の六時間でした。
卒業40周年を記念した事業にも快く賛同して頂き、今後の展開をご期待下さい。
2010.11.20(土)第108回岐阜掃除に学会
「岐阜掃除に学会」が笠松中学校で行われました。これは、2010.9.24(金)におこなわれました、羽島郡教育講演会での(株)タニサケ会長 松岡 浩 氏の講演を私と一緒に聴いていました笠松中学校の清水校長先生が依頼されたものです。同じ講演会を聞き「タニサケ塾」に参加した私と「岐阜掃除に学会」を依頼された校長先生、そこには松岡 浩 氏の講演から同じ事を感じたのかも知れません。私が「タニサケ塾」に参加した時にはすでに「岐阜掃除に学会」が笠松中学校で開催される事が決まっており、松岡会長から「川島さんも来てくれるのでしょ!」と言われ、「もちろんです」と答えてしまったのです。
当日、事前に松岡会長から掃除の仕方や心構え等についての事前説明をお聴きしたあとにトイレ掃除に移ります。私達は三階の男子トイレ、小便器をするのは始めてでしたが、「タニサケ塾」以降、事務所のトイレ掃除を毎日行っている私としては意外な程、違和感無く取り組む事ができました。10年以上固まった尿石をトライバーや“やすり”でそぎ落として行くと事に無心で取り組む事ができました。となりの便器ではPTA会長の安藤さんも必死に取り組んでおられました。また、生徒も便器に真剣に取り組んでいました。
掃除終了後に感想を発表する場があり、松岡会長から意見を求められ私は、以下の様な事をお話しさせて頂きました。
今回の「岐阜掃除を学会」のお世話をされている松岡会長を見ていると「不老不死」を感じます。別の言い方をすると「永遠の命」とも言えるかも知れません。もちろん「不老不死・永遠の命」など現時点ではあり得ません。親から子へそして孫へと「血」を繋げて行く事が「永遠の命」と言えるかも知れません。私も参加された皆さんも便器の掃除に無心に取り組んだのですが、そこには数々の「知恵」の集まりだったのです。流石「改善提案」で9年連続日本一のタニサケ様です。(これは事前説明をクリックしてみて下さい。)この「知」を横に広げる事で、「地域」が「街」がより良くなって行く、更に「知」を子ども達に繋げて行く事で「永遠の命」を獲得する事ができます。昨日より今日、今日より明日がより良くありたいと思う“志”が受け継がれて行く事ができるのです。「血」は闘争を生み出す事が有ります、「知」はそれを止める事ができるでしょう。
明るくなったトイレは本当に気持ちの良い物です。皆さんご苦労様でした。本当にありがとうございました。
2010.11.16(火)電気自動車・下羽栗小学校寄付金受領式
名誉町民である松原登士弘さんから寄付をして頂きました。その受領式が役場前の駐車場で行われました。寄付されたのは、三菱自動車のi-Miev(電気自動車)と松原さんが会長を務められる(株)光製作所の地元にある下羽栗小学校へ教育設備充実のための2,000万円です。ありがとうございました。
電気自動車を間近に見たのは始めてです。ハイブリッド車の部品を作ってはいますが電気自動車はまだまだ私どものところまでは来ていません。おそらく今後の移動手段としての自動車は内燃機関(エンジン)からモーターとバッテリーになって行くものだと考える事ができます。
そこには良い事も、悪い事も起きてくると思われます。エンジンで走る自動車一台の部品点数はおよそ30,000点にくらべ電気自動車は10,000点と三分の一になります。その上、モーターで駆動すると言う事は、トランスミッションが不要になると言う事です。高温部分も無くなる事で車体を包む素材も金属以外になるかも知れません。産業構造を大きく変える可能性があります。
しかし、おもちゃメーカーがその斬新な感覚で手頃な“おもちゃ”を出して来るかも知れません。それが自動車離れを加速している若者世代に個人コミューターとしての自動車ブームが再来する事も考えられます。
また部品点数が激減する事で、故障率が低減する事が見込まれ、そうする事で自動車整備会社が大打撃を受ける可能性が有ります。時代の流を止める事はできません。
2010.11.14(日)事務所開所式
事務所開所式のご案内をいただきました。そこで見つけたもの「三訓五戒」。いつも心に刻みたいものです。
2010.11.13(土)羽島市議GG交流会/笠希な集い23
羽島市議と笠松町議とのグランドゴルフ交流会が開催されました。羽島市議とのグランドゴルフでの交流会は始めてだと記憶しています。岐南町とは羽島郡議員スポーツ大会として毎年GG大会が行われています。今回のスコアーは、その羽島郡大会でほとんど最下位に近いスコアーから少し(一割ほど)向上しましたが、最下位に近いのは今回も同じでしょう。
GG大会が終了後、近くで親睦会が行われました。羽島市議と交互に席が設定されていました。右側には旧知の議員さんでしたが、大病をされたとのことでGG大会は欠席で懇親会のみの参加でした。左側には今回初顔会わせの方でしたが白熱した議論をする事ができました。立場の違いを鮮明にしながら、お互いの話しを聞きあえる貴重な時間をいただきました。こうした機会を有効に活用出来る事は、議員として必要で、貴重な時間だと感じています。
午後からは「笠希な集い23」の準備です。倉庫を片付け、荷物を移動。パソコン、プロジェクターのセッティング、椅子机の配置などボランティアスタッフの方のお手伝いをいただきながら、開始に何とか間に合いました。
今回も多くの方に参加頂きました。本当にありがとうございました。こうして参加して頂ける、皆さんに支えられている事に、一層の感謝を私自身の中に、確認出来るのも「笠希な集い」の開催する理由の一つです。
その席で、来賓として来て頂いた田中県議から懐かしい写真を頂きました。1998年(平成10年)11月9日の写真。それは、田中氏が一回目の県議選出馬表明を尾関元町議自宅で行った時のものです。そこには、安達さん、棚橋さん、尾関さん、岡田さん、に混じって私の父の姿も・・・年を明けて亡くなるまで2ヶ月と20日前の写真です。そして私がここに居ます。その巡り合わせに感謝です。
2010.11.11(木)経過報告8
生活習慣改造計画を実施してから9ヶ月目の報告です。最近では日没が早くなった上に、かなり寒くなって来ました。走り始める時には寒くても、半分程走ると暑くなって上着を着ているのが辛くなってしまいます。
半年程、毎日挨拶の言葉を掛けて来た方が突然、挨拶を返していただけた時はなんだかとても嬉しくなってしまいます。そんな小さなふれあいも、毎日続ける力の一つかも知れません。
2010.11.10(水)後援申請完了
毎年、1月第三日曜日に行われて来ました「木曽川凧あげまつり」も来年の2011年1月16日開催は第6回を数えるになりました。そこで後援して頂いている各自治体・教育委員会等に対しての後援申請を各市町へお願いしました。
最初の段階から知り合いの市議・町議にお願いし進めて来ました。一昨日が岐阜市・一宮市・各務原市・笠松町、昨日の江南市、そして今日の羽島市・犬山市と行い、何処も快諾いただきました。各市町の議員さん方々から申請完了が次々と連絡が入ります。本当にありがとうございます。
今年も親子凧つくり教室をカラフルタウン岐阜様のご協賛により下記日程で開催致します。参加費無料で凧作りができ、凧あげまつりの審査対象となります。
会場 カテフルタウン岐阜館内1階 車展示場前広場
日時 平成23年 1月4日(火)
1月5日(水)
1月6日(木)
毎日 午線1時からと午後3時からの2回
定 員 先着25組
参加費 無料
**各自の願いを書いていただきます**
**凧の組み立ては簡単3分で完成します**
審査日時 平成23年1月16日午前10時20分
場 所 第6回 木曽川凧あげまつり 本部テント前
笠松町米野 河川敷
河川環境楽園 西入口 手前
お問い合わせ 実行委員長 可児幸彦 携帯 090-8556-3478
2010.11.9(火)江南市議
今年も、江南市議会議員山としひろさんに一年ぶりの再会です。1月第三日曜日(16日)に行われる「木曽川凧あげまつり」への江南市と教育委員会への後援申請依頼をお願いに来たのです。
来年に控えた統一選のお話しや、日常の議員活動など幅広いお話しが出来ました。若い彼の話しには勢いがあります。また今日も一つ反省です・・・
2010.11.8(月)笠松町遺族会秋季戦没者追悼法要
今年も秋季戦没者追悼法要の季節が巡って来ました。第二次世界大戦亡くなられた428柱のお名前を呼び上げその追悼と、不戦の誓いを行う物だと思っております。戦後65年の歳月の長さは取り戻しようがありませんが、亡くなられた方々はどんな日本を、どんな世界を夢見ていたのでしょうか?そんなに大きな事ではなく、自分の家族が幸せであれとだけ願ったのでしょうか?であるならば今一度、ここに来て「幸せですか?」と問うて見たいのではないでしょうか。
今年から追悼式の会場に椅子が運び込まれました。これも歳月の長さを実感させる一コマです。
2010.11.6(土)岐阜工業高校と笠松中学校
岐阜工業高校文化祭「清笠祭」(せいりゅうさい)のご案内をいただきました。母校の文化祭を見に行くのは何年ぶりでしょうか?先ず足が向かう先は、私が通った校舎、4号館にある電子機械科の教室です。私が通った頃は工業計測科でしたが名称変更がありました。
足を踏み入れるとそこには懐かしい風景です。確かに科名が変更になり内容も変わったのでプロセス制御実習で使った配管類はなくなっていましたが、当時使った物と同じ測定器は未だにロッカーに収まっていました。
在学中にはほとんど踏み入れた事が無い校舎に入って行くと、母校とは思えない程初めての光景です。そしていかにも目立つ女子の姿。チョット羨ましい気がしたのは私だけかな?
運動会の時にも感じた自由で明るい雰囲気は、自分達の頃より一段と良くなっているように感じました。
清笠祭を終えて、次は笠松中学校へ。午前中の学習公開には行けませんでしたが午後からの「親子で学ぶ講演会」には、お手伝いを依頼されたこともあって参加してきました。
「夢を描いて素敵に生きる」をテーマに松野明美氏にご講演いただきました。
そのパワフルなお話しと、ご自分が体験されたオリンピックでの話しや、お子さんの障害の事など、思わず涙が出てしまいました。最近どうも涙腺が弱いです。子育てしながら親になるんです。親にしてもらうのです。子どもに!!
これが今日の感想です。
2010.11.4(木)生キャラメル
先月30日に「生キャラメル」作りに挑戦して失敗に終わっていました。三男が「お兄ちゃんが帰って来たんで、生キャラメル作ってよ!今度は失敗せんといてね」と言うので、材料を仕入れて早速、挑戦です。100円のマシュマロ・99円の生ホイップとバター一カケです。鍋にバターを溶かし、そこへマシュマロを入れてかき混ぜます。それが溶けたら、生ホイップを投入。弱火で鍋を持ち上げながら、決して沸騰することが無い様ににひたすらかき混ぜます。前回の時に失敗に終わったのは沸騰させてしまい、タンパク質と油分が分離したことが原因です。今回は、沸騰させずにおよそ30分、しっかりととろみが出てきたところで器に移します。粗熱を取ってから冷蔵庫で固めたら出来上がりです。
今回は大成功に、三男からお褒めの言葉をもらいました。
皆さんもお試しあれ!!
2010.11.4(木)笠松町青少年健全育成講演会
今回は岐阜ダルク代表、遠山 香氏を講師に迎え、「薬物依存症について」をお話しいただきました。ご自身も薬物依存症を乗り越えての岐阜ダルク代表です。記憶に残ったのは「「薬物依存症」は、気力や根性・愛だけでは克服することはできません。「薬物依存症」は、病気です。きちんとした治療を受けなければ治すことができません。」と言う言葉です。これは以前、水谷修先生の講演をお聴きした時にも話された言葉と全く同じです。それと薬物が簡単に手に入ること。日頃、関係なく生活している私達も肝に銘じる必要を強く感じました。
2010.10.3(日)町民大運動会
2010.10.6(水)NHKクローズアップ現代
2010.10.7(木)日本生命企業セミナー
2010.10.8(金)経過報告7
2010.10.16(土)セントレア→地球のステージW
2010.10.16(土)火事だ!!
2010.10.17(日)リバーサイドカーニバル2010
2010.10.18(月)岐阜工業高校同窓会
2010.10.19(火)老人レクリエーション大会
2010.10.20(水)岐阜工業高校運動会
2010.10.22(金) 羽島郡議員スポーツ大会
2010.10.23(日)松枝小学校ふれあいタイム2010
2010.10.24(日)田代中防災訓練/第23回笠松町消防操法大会と合唱団
2010.10.30(土)笠松刑務所と美術展と笠松駅
2010.10.31(日)〜11.1(月)タニサケ塾
2010.10.31(日)〜11.1(月)タニサケ塾
9月24日に行われました、羽島郡教育講演会での(株)タニサケ 取締役会長 松岡 浩 氏の「輝いて生きる〜後ろ姿の教育を〜」のお話しをお聴きし、戴いた冊子、社内報を読んでいるうちに「タニサケ塾」へ参加したくなりました。我が社に足りないもの、笠松町に必要なものが有るような気がしました。
参加してみると、その得ることの多さに素直に驚いて帰って来ました。同室になった(株)かりん本舗の北野さんとも意気投合、翌日の五時起きにもかかわらず深酒をしてしまいました。
次回には工場長にも参加してもらうかと考えています。
2010.10.30(土)笠松刑務所と美術展と笠松駅
今年も矯正展の季節が来ました。昨年は名鉄ハイキングのコースとなり、多くの人で賑わっていました。季節外れの台風のお陰で不安定な天候です。お陰で名鉄ハイキングも中止となってしまいました。天候の影響もあるのでしょうか、私が三男を連れて行った時には少々淋しい状況です。それでもかさまるくんとかさまるちゃんも元気に登場。岐阜工業高校のミニSLも活躍していました。機械科の先生曰く、10月は本当に忙しいとの事です。
続いて中央公民館で行われています町民美術展へと足を運びます。カメラに興味を持ち始めた三男が私からカメラを取り上げて写しまくります。今回の写真は、彼が撮った物を掲載してみます。如何ですか?
美術展も今回で40回目を数えます。いつもと同じ様に400点を超える力作が並んでいます。10年前の30周年記念の時には、特別講演会として岐阜新聞・岐阜放送社長(当時)杉山幹夫氏による「芸術は人生を豊かにする」と題する講演が行われました。それからの10年で少しずつ作品点数が減った様に思うのは私だけでしょうか?数は減っていないのかも知れません、でも何か寂しさを感じるのは何故でしょうか。多くの先輩方の名前が消えて行ったのも事実です。それで文化力が落ちとは思いませんが・・・
帰りにふらっと笠松に寄って見ると、笠松駅になにやら伝言板があります。これは東海テレビで放送されているプレサタ(毎週土曜日9:55〜11:25)内にある「旅人照英」照英さんがロケに来る前にその町の情報を提供してもらう為の伝言板です。いつロケがあるかは解りませんが放送は12月18日の様です。
2010.10.24(日)田代中防災訓練/第23回笠松町消防操法大会と合唱団
朝一番で、田代中町内会での自主防災訓練です。操法大会があるため、点呼を受け伊藤議員と供に挨拶をして会場を後にします。
その後操法大会へ、昼食をとって岐阜市民会館へ急行です。ぎふ児童合唱団の皆さんが来春40年を迎えるにあたり、岐阜モンゴル文化協会、日本モンゴル文化協会から絵本出版記念として「スーフと馬頭琴」のミュージカルを依頼さらその招待券をいただきました。毎年、定期演奏会にお招きいただき、時間の都合がつく限り、例え少しの時間でも拝見させていただいております。今回も予定の重なった中、やっとの事でたどり着き最初の部分だけ拝見させていただきました。一所懸命にそして実に楽しそうに歌う合唱団の皆さんを見ていると、何故か涙が出てきました。本当にありがとうございました。
2010.10.23(日)松枝小学校ふれあいタイム2010
まつえだふれあいタイムとして現在の様な形の原型ができたのが平成12年度でした。テーマは、「親子でつくろう・親子であそぼう」でスタートしました。そして平成14年度での羽島郡PTAセミナーでの発表校に内定したいたために平成13年度は更に大きく育てることができました。「親子でつくろう、親子であそぼう、親子でまなぼう」と少しテーマも進歩しました。私も「おいしいスモークチーズをつくろう!!」のブースの講師として参加させて頂き、皆さんと一緒にスモークチーズを作りました。参考で作った豆腐のスモークが好評だったことを覚えています。
平成14年度は、『 家族 って何? 幸せって何?家族のふれあいを求めて 』のテーマの基、『口で描く私の人生譜』と題した講演を野田 武男 先生に行って頂きました。その時5年生になっていた長男に、野田先生の本を購入して渡しました。その時の感動を随分経ってから長男から聞いた事を嬉しく思った記憶があります。
そして平成15年度、突然に、本当に突然に父親委員長をさせていただく事になりました。当時の父親委員長さんが何かの理由で続けることができなくなったとのことでした。会長さんから「まつえだふれあいタイムをよろしく頼む!!川島さんに総て任せるから!!」と調子の良いことを言われた事を思い出します。それからは、全くPTAには関わった事が無かった私は、本当に走り回った記憶があります。とにかく「忙しかったの」一言です。
この年のふれあいタイムの基本コンセプトを年度テーマの「夢を育むPTA」から「まつえだふれあいタイム 夢」とし科学・音楽・地域とのふれあいを基にセットしました。平成16年は「挑戦」と言うテーマで進め、平成17年度以降は、地域の皆様に講師をお願いしておこなっていました、クラブ活動発表の場として、更に低学年の児童達にはクラブ活動の見本市と言う形で進めて来ました。
今年始めて取り組まれたサイエンスフェスティバルの様な形も平成15年度にかなり検討致しました。ことしお世話になりました「NPO法人サイエンスものづくり塾エジソンの会」の華井先生にも柳津町まで出かけてお会いしたこともありました。それが今年、実現したのは感無量です。当時できなかった事を今年できた事を、本当に嬉しく思っています。
すでにPTA役員は卒業させていただいていますので、三男と一緒に一保護者として楽しませていただく事ができました。
29のブースをNPOの皆さん、地域の方々、PTA役員、聖徳学園や岐阜工業高校の皆さんまでもお手伝い頂いていました。
「ぶた笛をつくろう」「缶バッチをつくろう」「プラバン」「エコ消しゴム」「ビー玉逆さゴマ」「サラダ油キャンドル」「サイエンスショー」と多くの事を体験する事ができました。三男も「サラダ油キャンドル」は気に入った様で二度も体験する程です。最初はいやがっていた「サイエンスショー」も始まると最前列で釘付けです。
こうした事で、何か一つでも興味を持つことで、その子の人生が変わるかも知れません。長男がペットボトルロケットに関わった様に!!
児童数700名を超える学校内に親子、三世代まで入れると2,000名近くになるのではないでしょうか?それだけの人数を考えると今回のふれあいタイムは大成功と言えると思います。ブースによっては材料が早くになくなってしまい、多く仕入れていたブースに最後に集中したり、一ブース当たりにかかる時間が短時間で最後に時間をもてあましたりと課題は多いのですが、これも次回には解決出来ていける内容だと思います。ことし新しく第一歩を踏み出した事に拍手と感謝を致します。携わった皆さん、本当にご苦労様でした。
2010.10.22(金) 羽島郡議員スポーツ大会
今年も羽島郡議員スポーツ大会の季節が巡って来ました。以前、私が議員になる前の話ですが、羽島郡が四町で各町の議員定数が多く、競技内容もソフトボールだったと聞いていました。私が議員になった時にはグランドゴルフで、笠松町が優勝したのを覚えています。それからボーリング大会になったりグランドゴルフに戻ったりしていますが、定数が減った上に羽島郡が二町になった事でソフトボールに戻ることは多分ないと思います。
もちろん今回も、球技に苦手な私は何の賞にも擦らず、二町なので準優勝に貢献した事で幕を閉じたのです。
2010.10.20(水)岐阜工業高校運動会
昨年に引き続き運動会を拝見しようと、がんばって午前中に仕事をかたづけようと必死で・・・グランドにたどり着いた時には閉会式が始まる直前。一番楽しみにしていた応援合戦を見逃してしまいました。
結果を聞いて嬉しくなりました。今年も応援の部優勝がデザイン工学科、準優勝が私の後輩達、電子機械科です。表彰が総て終わって校歌を大声で歌う彼らの自由でおおらかな姿を見るとなんだか嬉しくなってしまいます。見た目は俗に言う「優等生」には見えないのですが「科」の誇りを掛けて戦った彼らの一所懸命さは僕たちの頃と変わっていないように思いました。変わって行くべき自由な姿と変えたくない姿の両方を見たような気がします。
2010.10.19(火)老人レクリエーション大会
毎年恒例になっている老人レクレーション大会が町民体育館で開催されました。競技の内容や運営方法に大きな変更はありません。同じ事を同じ様に行う事の安心感、これが大切なのかも知れません。年齢を重なるに連れて、感じ方や考え方は変化して行くものだと考えられます。もちろん個人差が大きいのも事実ですが、若かった時には思いもよらない考え方になるのかも知れません。一方的な押しつけではなく一緒に考えて行くと言う姿勢が大切な事だと思います。私は、すぐに「新しい」と言う事に固執したがる傾向がある様に思います。でもこの「新しい」という漢字、良く見ると「立っている木に斧を入れる」とも見えます。全くZEROから出はなく、変化させて行く事だと考える事も出来ます。柔軟な考えを持ち続けて行く事が、最も必要な事かも知れません。
2010.10.18(月)岐阜工業高校同窓会
次回の発行で50号を数える記念号になる編集委員会が始まっています。49号には私も岐阜工業高校や工業試験場と笠松との関わりについて寄稿させていただきました。50号でも続編を掲載出来るかも知れません。
次期同窓会報が発行されるのは、同窓会総会が開かれる平成23年5月8日です。その総会実行委員会も立ち上がりました。スローガン「夢・∞ 飽くなき挑戦」に決まりました。「夢・∞」と記して「むげん」と読ませます。総会後の講演会講師も「戦場カメラマン 渡部洋一」氏に決まりました。チケット印刷は11月になると思いますが、ご興味がある方はご一報下さい。
これからが大変ですが実行委員会の皆さんもがんばって頂けると確信しております。母校のためにがんばりましょう!!
2010.10.17(日)リバーサイドカーニバル2010
今年で19回目を数えるリバーサイドカーニバルです。平成3年まで笠松町で行われているイベントは、各団体がそれぞれのテーマに併せたイベントをそれぞれの形で行っていました。例えば、商工会は春・秋の即売を中心とした商工まつり、観光協会は桜まつり・川まつり、町内会連合会は春まつり、社会福祉協議会は福祉まつり、岐南農協は産業祭等がそれです。まちづくりの一環として全町的なテーマでのイベントを開催しようと平成4年から各種団体のイベントを一本化、同年7月16日にリバーサイドカーニバル'92 実行委員会を開催したのが始まりです。
私は10周年記念の2002年と翌年2003年にイベントサポーターとして参加させて頂き、その計画から実行までを体験する事が出来ました。最初に参加した2002年には前夜祭も行い、当日と併せて1,900万円程の予算を消化していました。そのうち1,500万円がイベント業者への支払いで締められていました。それらの事を平成14年第4回定例会での一般質問で行っています。
来年で20周年を迎えるリバーサイドカーニバルが向かうべき方向性がこのままで良いのでしょうか?議会報告に記載されている一般質問を読み直してみて再度考えさせられます。
それでも今年のリバーサイドカーニバル2010も大盛況で有ったことも事実です。オープニングセレモニーでの松枝小学校和太鼓クラブの演奏で始まり、Eボート競争、健康のびのび体操連絡協議会の皆さんによるよさこいソーランまでいつもの内容がいつもの様に行われる安心感。これも地方事業での重要な要素の一つでも有る様に思われます。
2010.10.16(土)火事だ!!
夕方四時頃だったでしょうか、岐南町の加藤議員から携帯電話が・・・「川島さん近くでその他火災です」と。その近くと言うのが先程まで一緒にセントレアに行っていた方のすぐ目の前です。丁度、自宅に帰って来たところでしたので、消防無線で確認するとまさしくその場所。急いで自転車で駆けつけたのです。
するとすでに消防タンク車が駆けつけ消火が済んでいました。火災現場前の家で先程までご一緒させていただいた方が、第1発見者及び通報者とのことです。
火災が起きたのは農機具小屋。通報者の方がセントレアから帰って、事務所で休憩していると妙にきな臭いに気づき外に出てみると農機具小屋の中に煙を発見、小屋裏手の小屋壁面脇にあった籾殻からの煙で有る事を確認し、建物に非常に近い所での発煙だったので通報、電話を終えて出てくると小屋の内側壁面から1m程の火炎を確認。急いで時前のホースを繋ぎ、注水し消火したとのことでした。
普段から火の気の無い所であり、電力も供給されていない建物で有る事から警察も出動となったのです。
取りあえず今回は、大事に至りませんでしたが、深夜の時間帯で有ると小屋の炎上は免れることは出来なかったでしょう。それでも原因がはっきりしないのは不気味です。
2010.10.16(土)セントレア→地球のステージW
三年間、川島化成で働いてくれた実習生が帰国します。団長と三男でセントレアまで送りに行く予定でした。ご近所の方にお話ししたところ、「私も一緒に連れてって!!、だってセントレアに行った事がないもん!!」とのことで、2人の実習生の送り出しに4人で行く事になりました。三男は飛行機を見ると私のカメラを取り上げ、離しません。そこで写した飛行機が下の写真です。
夕方からは、これも三男と一緒に「地球のステージW」を中央公民館へ見に行きました。以前は、五分と見ていられなかった三男、たじろぎもせず最後まで見続ける事が出来たのが一番の驚きです。桑山さんの歌声とビデオの映像から何かを感じたようです。
「地球のステージ」を笠松町で開催するのも今回で4度目、河合さんを始め文化協会などの関係団体のご尽力に感謝致します。私の子ども達3人もこのステージから何かを感じた様です。それは、今の彼らの中では現れないかも知れませんが、将来人生の何処かで、きっとその感じた事が意味を持つ瞬間が現れる事が有ると思います。そんなステージを1人でも多くの皆さんに見て頂きたいと考えています。
10月31日(日)には、羽島市文化センターで「地球のステージ ありがとうの物語」の映画が上映されます。また、11月28日(日)にもサラマンカホールにて「地球のステージW」が開催されます。今回、見逃した方は是非見て下さい。
申し込み用紙はここをクリック!!
2010.10.8(金)経過報告7
生活習慣改造計画を始めて八ヶ月目の経過報告です。9月までは、「今年の夏に終わりが来るのか!?」と言う程の勢いでした。そしてどうゆう訳か9月には、体重も体脂肪率も上昇?なのです。いつものグラフに加え、月ごとの平均値のグラフも掲載しましたので、一目瞭然です。そして、何故か?何故か?9月の27日を境に急に下降に転じるのです。その後、10月7日までにウエストサイズが-1cmなのです。諦めないで良かった!!です。
応援して下さる皆さん、本当にありがとうございます。何処かの「有言実行内閣」ではありませんが、止めたらどうなるか考えると、「恐怖心で止められない。」これが真実なのです。ホントは・・・
2010.10.7(木)日本生命企業セミナー
ワタミグループの会長である渡邊美樹氏講演会が日本生命謝恩企業セミナーで行われた。
以前から興味を持っていた方なので、丁度良い機会を頂いたと夕方15時30分、国際会議場へと車を走らせました。私とほぼ同じ時代を生きて来た人として、共感を持てるところがたくさん有りました。
決して諦めないこと・人よりどりょくする事・「夢」に日付けを入れること等多くの学ぶことが出来ました。次は自分の番です。
2010.10.6(水)NHKクローズアップ現代
10月30日の見聞録でお伝えしました様子の一部が「NHKクローズアップ現代」で放送されました。私もチョッピリ登場しています。始めから19分程過ぎた所です。再放送は、10月6日(水)【BS2】24:15〜24:41(翌日午前0:15〜)です。NHKオンデマンドでも配信されると思います。よろしかったらご覧下さい。
2010.10.3(日)町民大運動会
抜ける様な秋空の下と言いたかったのですが、少々心配な雲行きです。友人からも早朝から確認のメールが入っていたようです。
今年で59回を迎える「笠松町民大運動会」。昨年の大会では、私が所属する田代中では、町内別対抗1,200mリレーと町内別対抗綱引きDブロックの二種目でダブル優勝となり、大変盛り上がりました。その分、ご苦労されたのが今年度、体育班長を任された役員さんです。流石に町内別対抗綱引きは、優勝チームばかりで構成されるAブロックでは一回戦敗退となってしまいましたが、町内別対抗1,200mリレーでは三位入賞となり、「ホッ」と胸をなで下ろされた事と思います。
各種目の結果は以下の通りです。
昼休みには、婦人会や健康体操などの皆さんと小学生による新笠松音頭がグランドに大きな輪を描いて行われました。こうした部分でも地域との繋がりを子ども達に伝えて行く良い機会になると考えています。
2010.9.1(水)田中勝士後援会バス旅行
2010.9.2(木)松枝小学校耐震工事
2010.9.3(金)夏休みの宝物展
2010.9.5(日)防災訓練とファミリーコンサート
2010.9.7(火)笠松小学校・下羽栗小学校耐震工事
2010.9.7(火)オグリキャップ号たてがみ展示記念碑完成記念セレモニー
2010.9.9(木)経過報告6
2010.9.11(土)フォヴァークラフト体験試乗会
2010.9.12(日)田中勝士後援会「新鮮豊富な海の幸が盛りだくさん!!焼津すし食べ放題と駒立ぶどう狩りの旅」
2010.9.14(火)町歴史民俗資料館「館蔵品展 あかり 〜あんどん・ちょうちん〜」
2010.9.14(火)チョットだけ嬉しかった!?
2010.9.15(水)青少年海外派遣事業(グアム)体験発表会
2010.9.17(金)笠松中学校体育大会
2010.9.18(土)松枝小学校運動会
2010.9.20(月)笠松町敬老のつどい
2010.9.23(木)笠松競馬場『畜産フェア』!岐阜県産畜産物の大試食会
2010.9.24(金)羽島郡教育講演会
2010.9.25(土)北野神社例祭と“ど根性朝顔”
2010.9.26(日)松枝保育所運動会と竜馬塾
2010.9.30(木)ぎふ清流大会PRキャラバン隊来町
2010.9.30(木)ぎふ清流大会PRキャラバン隊来町
ぎふ清流大会(第12回全国障害者スポーツ大会)は、20102年10月13日(土)〜15日(月)の期間、ぎふ清流国体に併せて開催される障害者の為のスポーツ大会です。そのPRで、岐阜県身体障害者福祉協会・岐阜県障害者スポーツ協会の皆さんがキャラバン隊を編成して県内各地を巡回されています。笠松町には、9月30日に総合開会へミナモと供に来町されました。
笠松町では、町内三箇所の保育所園児や町内会関係者、民生委員、小規模授産所の皆さん、かさまるくんとかさまるちゃん兄妹も加わって盛大にお迎えしました。ミナモちゃんが園児達と一緒にミナモ体操を披露してくれ、かさまるくん達も一緒に体操??をしてくれました。
その後にぎふ清流大会の競技種目の一つでもある「フライングディスク」を来場した園児から大人まで楽しませてもらいました。町長さんもゲームに加わり見事、ゴールを決めました。
岐阜と障害者スポーツ大会には、妙な繋がりがあります。その事を含めて平成21年第2回笠松町議会定例会の一般質問で取り上げた事が有ります。
質問の一部を書き出してみますと、「1965年岐阜国体の時に第1回全国身体障害者スポーツ大会が開催されています。またこれとは別に全国知的障害者スポーツ大会(ゆうあいピック)は、1992年東京大会から途中1995年の阪神・淡路大震災の第4回大会中止を含め8回行われましたが2000年の岐阜大会を最後に大会旗を返納、その後は「全国障害者スポーツ大会」として統一され現在に至っています。もちろん2012年(平成24年)に開催されます「第67回国民体育大会ぎふ清流国体」とも併せて、「第12回全国障害者スポーツ大会岐阜大会」が開催されます。」
私が一般質問で言いたかった事は、お時間のあるときにでも平成21年第2回笠松町議会定例会一般質問を読んで頂けると幸いです。
2010.9.26(日)松枝保育所運動会と竜馬塾
抜ける様な秋空の下、松枝保育所運動会が開催されました。23日の予定でしたが、雨順延で26日になりました。
毎年、拝見させて頂いていますのですが、何時見てもとても気持ちが和みます。園児達が一所懸命に走ったり、演技したりする姿を見ると、その微笑ましさに目を細めてしまします。ただ以前、何方かに「お孫さんですか?」と言われた事がありまして・・・
今年も鼓笛演奏が行われました。先生方のご苦労が良く解ります。私の三男が幼稚園で鼓笛演奏をしていた事をつい最近の様に、甦ってきます。こんなにかわいい園児、素直に小学校を過ごすのに「中学生になるとどうしてあーなんですかね!!」と問うたら「自分の事を思い出してごらん」と言われました。人間都合の悪いことは、忘れてしまうものです。
昨年から園庭に整備されてきた芝生も順調に生育してきました。運動会を前に綺麗に刈り込まれ園児達に解放されたとご案内を頂きました。今日も保護者席の後ろに青々と広がっています。皆さんのくつろぎの場所となっています。今後は更に広がって行く様です。
夜は、名古屋で行われました、第一回東海竜馬塾に参加させて頂きました。若手議員で地方から日本を変えようとする皆さんの意気込みが伝わって来ます。
今日は東海地方では、初めての会合で講師に埼玉県前志木市長 穂坂 邦夫 氏をお迎えし、議会改革や志木市長時代に行った行財政改革の手法等についてお聞きしました。質疑応答、パネルディスカッションなど、気が付くと二時間が経っていました。彼らの感じた事は、おそらく私が感じて来たことと同じだと思います。その気持ちをいつまでも忘れないで欲しい、それが改革の第一歩だと感じています。改革を阻止するのは、おそらく自分自身です。
今日の会合は最初から最後までNHKの取材が入っていました。何処かで放送されましたら、もしかすると私も映っているかも知れません。
2010.9.25(土)北野神社例祭と“ど根性朝顔”
7月17日から83年ぶりにお拝殿の屋根葺替工事が行われて来ました。その竣工祈念を9月の例祭に合わせて行いました。屋根もさることながら木造部分の洗濯もしていただいた事から本当に綺麗になりました。
屋根裏を開けた時に出てきた記録と同じ様に、今回の改修記録も作って入れて頂きました。次、日の目を見るのは、何時になるでしょうか!?
朝顔が咲きました。その朝顔、自宅倉庫前のコンクリートの隙間から生えてきた“ど根性朝顔”。「花は咲かないかも知れないな」と思っていたので、発見した時はとても嬉しかったです。ちょっとしたことで「幸」を感じてしまいました。
2010.9.24(金)羽島郡教育講演会
羽島郡教育講演会が岐南町中央公民館1階学習室で行われました。私は、公民館運営審議会委員として参加させて頂きました。
講師には(株)サニタケ 取締役会長 松岡 浩 氏をお招きし、「輝いて生きる〜後ろ姿の教育を〜」と題した講演をお聴きしました。人の心をつかむお話しがお上手で、飽きる事なくあっと言う間に時間が過ぎてしましいました。私の日常でも是非、試してみたい事がたくさん有りました。このような機会を頂いた事に感謝致します。
2010.9.23(木)笠松競馬場『畜産フェア』!岐阜県産畜産物の大試食会
笠松競馬場で『畜産フェア』!岐阜県産畜産物の大試食会が開催されました。開催中に一度も競馬場内に足を踏み入れた事が無いと言う、家内と三男を連れて畜産フェアに行って来ました。すでに16時を廻っており、ほとんどのイベントは終了していて淋しかったのですが、レースは見ることが出来、その迫力に三男はびっくりしていた様でした。でも、レースより、場内で販売されている串カツやトンチャン焼き、ジュースにクッキーに三男の目は釘付けです。お店の前で焼きながらたれにまみれた肝焼きなどは、私もそそられます。こちらは競馬場HPにも紹介されています。
前日の夜行われました、名鉄ハイキング実行委員会。今年のコースは名鉄新木曽川駅から木曽川橋を渡って、みなと公園を経て競馬場がゴールのコースです。そこで競馬関係者の方も実行委員会に加わって頂きました。
そこでお聞きした事ですが、今日行われた『畜産フェア』等のイベントを行って、それを目当てに来て頂けるお客様は、馬券をあまり買わない様だと言うのです。実際に考えてみれば、特産品やゲームなどのイベント目当てでは、売り上げ向上の寄与の希望は薄いと言わざるを得ません。ただ、競馬場に親しみを持って頂ける事が、先ず一歩だとも言っておられました。今回の名鉄ハイキングへの協力も競馬場への親近感を目的に、休場中ですが特別に会場、場内店舗にも営業してもらう様にされたとのことでした。
根本的な活性化には、見聞録「9月7日のオグリキャップ号たてがみ展示記念碑完成記念セレモニー」にも記載した様に、国の馬畜産を今後、どう考えて行くかを踏まえた“法改正”にかかっているとの事でした。
2010.9.20(月)笠松町敬老のつどい
笠松町主催の「敬老のつどい」が笠松中央公民館三階大ホールで開催されました。昨年から町内を、新町通りを境に、午前・午後の2回開催となりました。
来賓からの祝辞の後、毎月一回、笠松町在住の65歳以上の方を対象に閉じこもりや認知症の予防を目的として開催されています「ふれあいひろば」の中で行われている音楽療法が紹介されました。
これは、東京音頭の歌詞の一部を笠松にちなんだ物に替え、簡単な動作を織り込んで大きな声で合唱します。舞台には「ふれあいひろば」のお手伝いをされている方、参加されている方が会場の皆さんと一緒に楽しい時間を過ごされました。その後に、笠松町在住の演歌歌手、有沢祐美さんの歌謡ショーが行われました。昨年に引き続いての開催で、すでに会場の皆さんにはおなじみです。舞台から会場に降りて来られ、皆さんと一体となっての歌声に大きな拍手が送られました。
笠松町内の75歳以上の方は、2,408人と一昨年の2,232人より176人(+7.9%)増えました。2008年の小中学生人口が1,952人、そして今年が2,001人(笠松町HPより平成22年5月1日現在)で49人(+2.5%)です。小中学生の三倍以上の増加になっています。ただ救いなのは小中学生も増えている事です。
現在、住んでいる方の「在住満足度」の向上が地域の生き残りの切り札だと考えています。
2010.9.18(土)松枝小学校運動会
絶好の運動会日和の中、正木校長先生の「あと一歩、あと一歩のがんばりを!!」の挨拶で始まった松枝小学校運動会。見ていて本当に楽しく、頼もしく感じました。昨年は、先生方の指導が行き届き、実に引き締まった運動会であった様な記憶があります。今年は、入退場を始め至るところで5年生、6年生の児童によるリードが目立ちます。校長先生、教頭先生が代わられた事による方針の転換でしょうか、自主的に動こうとする姿が頼もしく感じたのかも知れません。競技の内容でも個人競技、団体競技がうまくミックスされていましたし新しい競技も多く取り入れられていたようです。更に忠実にルールを守らせようとする姿勢が印象に残りました。
少々残念に感じたのは、お弁当を子ども達と一緒に食べる事が出来なかった事です。学校側の説明では、猛暑による熱中症への配慮、お弁当への配慮があった様です。過去には同じ様に別々に昼食を取ったこともありますし、早めに始めて昼までで終了出来る様に工夫したことも有りました。その度に「孫と弁当が食べたかった。」と言うお叱りを頂いたのも事実です。更には、「毎年、土曜日ではなく、六年間で一度良いから日曜日にやって欲しい、仕事の関係で土曜日では参加出来ないんです。」と言う切実なお願いをお聴きしたこともありました。学校側も保護者側も、運動会の本来の目的とは何かを検討し直す必要が有るのかも知れません。教育と言う観点と地域との一体化と言う観点、かつては、地域のお祭りと言う側面が色濃く出ていた事が記憶に有ります。
地域に開かれた学校、なのですが学校に都合の良い開き方ではないでしょうか?また、地域にとって都合の良い学校を求め過ぎてはいないでしょうか?
いずれにしても今年、応援合戦と総合優勝した青団、その応援団長が流した涙は本物だったと思います。そして、解団式で応援団員一人ひとりが団員への感謝を話したこと、その純粋な姿を、地域の皆さんに見せてあげられた事が、今年最大の成果ではなかったかと思います。応援合戦の審査員として少しだけお手伝い出来たことも、その結果に結びつき大変嬉しく思いました。
2010.9.17(金)笠松中学校体育大会
今年も笠中体育会大会が巡って来ました。毎年、第2回定例議会開会中に重なります。本来の日程である16日が雨の予報が早々と出ていましたので、15日朝の時点で17日への順延が決定されていました。運良く?17日は議会休会日で有りますのでいつもよりゆっくりと観戦することが出来ました。
今年の生徒会スローガン「One For All All For one」〜一人はみんなのために みんなはひとりのために〜に有る様に、例年通り団体戦のみのプログラム編成となっています。 中学生と言う一時代を学校の枠の中では最も効果的で効率的な方法なのだと理解出来ます。私の次男も応援合戦で団優勝出来たことに満足を感じているようです。彼らが応援合戦で見せた勇姿はすばらしい物でした。あんな姿を日々、見せてくれるとありがたいのですが・・・でも毎日応援合戦ではくたばってしまいますけどネ!
2010.9.15(水)青少年海外派遣事業(グアム)体験発表会
青少年海外派遣事業(グアム)体験発表会が役場四階大会議室で行われました。今年は定員20名の募集に対して19名の応募でした。全員が派遣事業に参加する事が出来ました。
体験発表会では、最初に同行した役場職員による経過報告の後、参加した皆さんによる体験発表を聞きました。その中で最も多かったのは、野生のイルカを見ることが出来た事と英語の大切さや友人との交流についての感想です。そして最後に教育長からのコメントで「自分が自分の想いを、自分の言葉で事実を組み込んで語れる事の大切さ」を話されました。
前回の時には、「役場の事業に学校の先生が何故、同行しなければならないのか?」「中学生の扱いが出来ない職員のフォローのために同行するのですか?」と問われ???でした。
今年、参加された中学生の皆さんがこの体験を活かしてくれることを祈っています。
2010.9.14(火)チョットだけ嬉しかった!?
代車で借りていますアトレーのオドメーターが「88888」になりました。妙に嬉しかったので思わず写真を撮ってしまいました。
2010.9.14(火)町歴史民俗資料館「館蔵品展 あかり 〜あんどん・ちょうちん〜」
笠松町歴史民俗資料館では、「館蔵品展 あかり 〜あんどん・ちょうちん〜」が開催されています。これは、歴史民俗資料館が所蔵している物を中心にあかりにちなんだ館蔵品の展示とその歴史の解説がされています。
展示品の中で、私にとって最も懐かしく、嬉しかったのは、リバーサイドカーニバル2001で製作、展示された行灯が登場していた事です。(私のHP、見聞録>2001>「2001.10.20〜21 リバーサイドカーニバル」と「かさまつまちづくりイベントサポーター会議」に記載されています。)
丁度10周年を迎えたリバーサイドカーニバル2001は、実に盛大に開催されました。イベントサポーターとして少しだけお手伝いをさせて頂いていた私は、その方向性に疑問を持っていました。当時、一泊二日(前夜祭と当日の二日に渡ったイベントでした。)のイベントに1,500万円程の予算を掛けていたと記憶しています。そしてそのほとんどが、笠松町以外のイベント業者へ支払われていました。派手なイベントも良いのですが、笠松には、春まつり、川まつりと大きなイベントが有り、予算はそれらに集中すべきではないだろうかと考えていました。そこで秋のイベントは、静かで秋の夜長を楽しめるイベントにしてみたいと考え、行灯を作りみなと公園を行灯のほのかなあかりで満たして見てはどうかと提案した時の物です。当時、ネット検索で広島のサイトで見つけた物です。和紙の原材料である楮の皮を剥いだ幹の部分をひご釘で井桁状に組み、剥いだ皮で作った和紙に絵を描いてぐるりと貼り付けた物で、一組1,500円程だったと記憶しています。
結局、リバーサイドカーニバルでは、2001年と2002年の二度展示されましたが、行灯まつりは棄却されました。それでも、行灯は廃棄されることなく、度々イベントに登場させて頂いていました。そして今回の館蔵品展に展示され、私との再会となったわけです。
2010.9.12(日)田中勝士後援会「新鮮豊富な海の幸が盛りだくさん!!焼津すし食べ放題と駒立ぶどう狩りの旅」
9月1日に行われました、平日版の「琵琶湖最大の豪華客船!!貸切クルーズと大津プリンスホテルのランチバイキング」に引き続いて、休日版、日帰りバス旅行「新鮮豊富な海の幸が盛りだくさん!!焼津すし食べ放題と駒立ぶどう狩りの旅」が行われ、多くの後援会会員の皆さんにご参加頂きました。
焼津でのすし食べ放題、海鮮物の買い物、ぶどう狩りとかなりの長距離移動を伴った旅行でしたが、皆さんに楽しんで頂いた様です。私も、いつもと違うバスで比較的、気楽に過ごすことが出来ました。ありがとうございました。
2010.9.11(土)フォヴァークラフト体験試乗会
日本フォヴァークラフト協会岐阜県支部 大田支部長に、ご自分の艇を笠松みなと公園芝生広場に持ち込んで頂いて、フォヴァークラフトの体験試乗会を開催しました。
木曽川畔に長く横たわる笠松町、その木曽川の持つ資源を最大限に引き出す、一つのアイテムとしての提案を込めて、町長、関係部署の職員の皆さんやNPO法人元気木曽川、羽島郡二町教育員会等の皆さん、議長にも試乗して頂き、その可能性を探って頂きました。
その他、公園に遊びに来ていた家族連れなども試乗し、大変喜んで頂くことが出来ました。
ご興味をもたれた方は、ご連絡下さい。
2010.9.9(木)経過報告6
こんな綺麗な秋空は、今シーズン始めてではないでしょうか!木曽川橋下のパターゴルフ場から北の空を見上げた写真です。今年の異常な暑さが綺麗な空を憧れさせます。
2月8日に一念発起し、生活習慣改造計画を始めて七ヶ月が過ぎました。暑い暑い夏ももう少しです。終わらない夏と思ってしまいましたが、その空がキット秋を連れてくると言っているようです。
少し時間がずれると「今日は来ないのかな?」と心配して頂いているようです。毎日続けることの重要性を教えてくれます。がんばって続けますので応援して下さい。
2010.9.7(火)オグリキャップ号たてがみ展示記念碑完成記念セレモニー
笠松競馬場に於いて、同競馬場出身で一世を風靡した名馬「オグリキャップ号」のたてがみを(株)優駿 様 から譲り受け、その展示をするための記念碑がオグリキャップ銅像前に完成しました。その完成記念セレモニーが地方競馬組合 管理者 笠松町長 廣江正明 氏を始め副管理者、馬主会副会長で前のオグリキャップ号馬主である小栗孝一 氏や多くのファン、報道陣を迎えて行われました。
記念碑は、たてがみを盗難から守るため、かなり頑丈に作られているようす。そのたてがみの裏側には、オグリキャップ号の死を悼んで915名の記帳、358通の追悼の言葉を格納致します。
折りしも、前日の競馬組合の会議で、現時点で109億円へ売り上げ落ち込みの見込で、これは-8.9%に当たる事が報告され、古田岐阜県知事が廃場を含めて検討するかの様な記事が出たところです。
岐阜県・笠松町・岐南町の組合構成団体だけの努力だけではどうにもならない部分、つまり法改正が必要になって来ます。これは、国が畜産としての馬をどう位置づけて行くのか、それにかかっています。
2010.9.7(火)笠松小学校・下羽栗小学校耐震工事
見聞録「2010.9.2(木)松枝小学校耐震工事」での耐震工事検証に引き続いて、笠松小学校と下羽栗小学校も拝見させて頂きました。
松枝小学校を視察させて頂いた時には、町職員の同行は無ありませんでした。偶然、松枝小学校校長の正木先生からお電話を頂いた時、「ちょっと見せて頂きませんか?」の話しから急遽訪問が叶ったのです。丁度、居合わせた長野議員と供に視察を行う事となったのです。そのため、学校側の説明と食い違うことになってしまいました。「2010.9.2(木)松枝小学校耐震工事」の記事中に有る様に、昨年行われた西舎耐震工事に使われた教室床材と、今年耐震が行われた東舎教室床材が違ったもので有ると説明を受けたのですが、実際には同じ床材が使用されていたことが後日、担当職員の方からお話しでわかりました。お詫びし、訂正致します。一年程で、写真で解る程の違いが出る様です。表面の樹脂コーティングを行う場合は、業者委託で行わなければならないとの事でした。それを学校内で処理出来るワックスに切り替える事もできる様ですが・・・。職員室の床を這っていたのはLANケーブルではなく、電源ケーブルだった様です。これもお詫びし、訂正致します。
西舎 東舎
9月7日は、議会開会日でした。松枝小学校耐震工事の視察に一緒に行った事も有り、再び長野議員と、更に尾関議員も同行する事になりました。今回は間違いがおこらない様、担当部長、課長、係長も同行していただく事に致しました。
最初に、下羽栗小学校へ向かいました。下羽栗小学校の内部に入って行くのは何度もありませんでした。校長室への訪問が数度、放課後児童クラブが一階で行われていた時に何度かと議会全体での各学校図書館視察を行った時位でしょうか。比較的狭い敷地に、タイトな建築となっているのが印象的です。工事中と言う事も有り、暗く感じるのはしょうがないのかも知れませんが。耐震工事に関係ない部分ではかなりの老朽化が進んでいますし、今後数年間は児童が増え続ける推計が有り、校舎の増設も検討課題になっています。更には体育館の耐震工事も容易ではありません。課題が最も多い小学校だと感じました。松枝同様、ここでも教室内のロッカーはかなり老朽化が進んでいます。
すでに、耐震工事がほぼ終わっている松枝小学校に比べると暗くタイトな環境が気になります。なぜ同じ様に、二学期が始まるまでに完了出来なかったかをお聞きすると、松枝小学校東舎耐震工事は平成21年度中に決定し、入札が終わっていましたので、平成22年度は繰越明許で対応しました。しかし、下羽栗小学校・笠松小学校は、平成22年度に入ってからの入札、議会審議が行われた影響で松枝小学校にくらべ数ヶ月のタイムラグがあり、準備時間に差があった様です。
耐震と言えば頑丈にするのかと思えば、校舎壁面に切り込みを入れ、クッション性の高い物を充填し揺れを吸収出来る部分も有るとのことです。そこを指で押してみると、しっかりとした弾力が確認出来ました。
続いて笠松小学校渡り廊下耐震工事とトイレ改修工事を拝見しました。笠小は最も古い校舎ですが、校舎本体の耐震は不要とのことで、渡り廊下のみの耐震工事となっています。工事はかなりの部分終了していますが、一部では二学期が始まっても続いていました。トイレの改修もあと少しの所です。校舎が古いことも有り(昭和30年代建築)トイレの老朽化はひどかったと思われます。これで児童達も気持ちよく使用出来ると思います。
児童数がピーク時の半数程になっていると思います。三棟有る校舎の中で、北舎は放課後児童クラブが一階で活動しているのが最大の使用頻度で、外の二階・三階は倉庫や、一部の会議室として使われているのみで、空き教室が目立ちます。今後は単学級の学年も出来てくる可能性もあり、私が小学生時の様な勢いは有りません。しかし、三世代家族が多いのか思慮深い児童が多い様な気がするのは私だけでしょうか。笠小では校舎というハード部分よりも、中に入る児童数が一番問題かも知れません。
それにしても、北舎の有効活用が出来ると良いと思うのですが、ハードルが高いようです。
丁度、笠小で行われていた、「夏休みの宝物」を拝見する事が出来ました。先日見た、松小と同じ様な傾向があります。時間と手間のかかる「研究」や「観察」はすっかり影を潜め、工作などが中心となっていました。更に驚いたのは、羽島郡児童生徒科学作品展を見てきた家内が持って来た資料です。毎年、取り組み数が減っている上に、今年は羽島郡の作品展に出品されている中学生は全体で12件、そのうち笠中生徒は1件のみとなっています。確かにたくさん有る選択肢の中の一つに過ぎない「科学作品」なのですが・・・“夢”が無くなってしまったのでしょうか?中学校では、進学に関係ない作品は「適当にこなせば良い」と言う事も囁かれて何時様です。
何が出来たかではなく、夏休みをどう過ごしたかが一番大切だと思っています。どんな夏休みでも振り返って時に“悔い”無い物で有ればと願うばかりです。
2010.9.5(日)防災訓練とファミリーコンサート
午前9時からは、笠松町自主防災会主催による防災訓練が行われました。今年から三年間は各小学校区毎に一斉訓練を行う事となりました。最初は笠松小学校区です。羽島郡広域連合・笠松町消防団・航空自衛隊岐阜基地・婦人防火クラブ・町職員などが応急救護や炊き出し等を行い、それらを各町内枚毎に順次体験、説明を受けて行きます。私達も町長、航空自衛隊岐阜基地指令の方と一緒に廻らせて頂きました。
初期消火訓練や担架搬送などは、消防団時代に説明側に立っていたことも有り、良く理解出来ました。自衛隊からは、非常食である乾パンとソーセージ缶詰の試食をし、その味の良さにびっくりしました。それと町が非常食に用意しているアルファ米も今回初めて試食させていただき、結構美味しいことに驚きました。
しかし、今回も“被災後訓練”であった事です。私自身も含め本当の意味での“防災”、つまり被災を最小限に抑える事を再度考える事が大切だと感じました。防災士の河合さんも、そう力説されていました。
消防団の操法も披露されました。
午後1時半からはファミリーコンサートが中央公民館大ホールで行われました。日本からの楽器、胡弓を駆使する石田音人さん、ピアニストの北川美晃さんお二人の楽しいコンサートとなりました。音楽に弱い私としては、始めて胡弓に様々な種類があり、それぞれに音が大きく違うことを教えてもらいました。また波板(波音を再現する楽器)を会場からのお客さんに演奏してもらう企画では、目を閉じて聞いていると本当に波に聞こえて来るのが不思議です。
最後のアンコールでは、「故郷」を胡弓の演奏で合唱しました。帰りには出口まで石田さんが来てくださり、お客さんとフランクに話されていました。
2010.9.3(金)夏休みの宝物展
今年も無事夏休みも終わり、「夏休みの宝物」展の案内を頂きました。各教室の机上に並べられた作品を見せてもらいました。どれも力作揃いでしたが、気が付いて事を少々。
工作などが非常に多く、研究や観察と言った時間がかかる物が少ない。
料理やスイーツなどのレシピと調理を扱った物が多かった。
ケーキなどを手芸や粘土などで作った物が多かった。
相変わらず、定番なのが「迷路」もの。
それでも「夏休みの宝物」は出来たのもではなく、いかにその時間を過ごしたのかだと感じています。作品そのものではなく、それを通して親子や兄弟など家族でどう取り組んで、どんな時間を過ごしたのかが一番大切な「夏休みの宝物」だと感じています。そんな作品をたくさん見つけることが出来たことを嬉しく思います。
でも、松枝小学校の駐車場事情がかなりきついのは事実な様です。
2010.9.1(水)田中勝士後援会バス旅行
今年の後援会バス旅行、平日分は「琵琶湖最大の豪華客船!!貸切クルーズと大津プリンスホテルのランチバイキング」と銘打っての1日です。琵琶湖には湖北の方では毎年GWにキャンプに出かけるのですが、遊覧船に乗るのはおよそ30年ぶりでしょうか、大阪在住時に撮影会会場として何度か乗船した記憶が有る事でしょうか。懐かしい思いでの琵琶湖ですが、今日はそんなことは言ってはいられません。後援会会員の皆さんに楽しんで頂けることが重要だと思っています。それと集合写真を撮るのも私の役目です。以前、撮影に失敗してしまったことが有り、大変気を使います。今回も破損してしまった三脚を新調して望みました。何とか写っていましたので安心しました。
少々のトラブルが有ったものの、無事帰って来る事が出来ました。皆さんのご協力のお陰と感謝致しております。9月12日に旅行も無事終わることを祈念しています。
2010.9.2(木)松枝小学校耐震工事
今年の夏休みは8月30日(月)まで、つまり31日には始業式があり、二学期が始まります。昨年より1日はやいのですが、昨年にくらべ晴天続きであったこともあり(暑かったのですが)工事の進捗が早かったようです。昨年は、二学期が始まっても工事の不手際が有り、問題がありました。それらを学習されたので有ろうと思います。西舎耐震工事で外されていた、ブレスが入らない教室のロッカー、掃除道具庫の更新も行われました。さらに各教室に入るパソコン庫、校内LAN化(無線LAN含)も進んで来ました。
しかし、職員室内のLANケーブルが床を這った構造、西舎耐震工事の時に行った教室床工事での床材との顕著な違いです。東舎の床材の方が安く工事が出来たと言うことでしょうか?お聞きした所、東舎で使用された床材は、樹脂でコーティングされ見た目には艶が有り綺麗ですが、水拭きは出来ない上に専用ワックスを使って業者に委託しなければならないとの事でした。西舎で使用された、水拭きが出来、時前でワックスがかけられる床とが、同じ校舎の中に混在する事が、小学校と言う枠組みの中で良いことでしょうか?掃除という教育に疑問は出来なのでしょうか。少々疑問が残ります。
それでも本当に綺麗になりました。その分古い物が目立ってしまいます。例えば、調理室の机やガス台、備品、工作室のブレスが入っていない事で更新出来なかったロッカー等々・・・特に問題と点としてお聞きしたのが、南側窓の下にあったロッカーが無くなった所があるようです。鍵盤ハーモニカなどの収納場所が無くなり、置いておけなくなった様です。
たくさんの問題点がクリアーになると、新たな問題点が出現します。知恵と工夫も必要になってきます。
2010.8.1(日)田中勝士後援会BBQ大会
2010.8.2(月)第1保育所送迎道路と芝生
2010.8.7(土)経過報告
2010.8.11(水)岐阜県国民健康保健運営協議会会長連絡協議会
2010.8.13(金)〜14(土)飛騨金山の森キャンプ場
2010.8.15(日)〜16日(月)川まつり〜準備から清掃〜
2010.8.17(火)夏休みの宝物
2010.8.18(水)医外の医外に役立つ話
2010.8.19(木)トラブル
2010.8.21(土)第9回飛騨・木曽川Eボート交流会
2010.8.22(日)福祉健康センター停電
2010.8.23(月)羽島郡人権教育研修会
2010.8.27(金)未明の火災
2010.8.27(金)薪能
2010.8.28(土)笠希な集い22
2010.8.29(日)夏休みの冒険と田代東三世代ふれあいバーベキュー
2010.8.29(日)夏休みの冒険と田代東三世代ふれあいバーベキュー
「お父さん、ボク自転車で遠くに冒険にいってみたい!!」と言う三男。「なら、夏休み中に行こうか!!」と私。以前コンビニで買ってあった岐阜市科学館のチケットを思いだし、夏休み終了を目前に約束の履行となったのです。
熱中症を気遣い、三男のヘルメットの中と首には保冷剤を用意しました。日差しは強く、気温も35度を上回ったものの、自転車を漕ぎ出せば、その風には「秋色」を感じます。二人でゆっくりと、休憩を取りながらの冒険です。途中で渡った境川の橋上から見ると、そこには大きな鯉が悠々と泳いでいます。更には、なまずにスッポンまで。「お父さん、車で行くだけなら、絶対に見つけられんよ!!自転車で来て良かったネ!!」と三男は大喜びです。大きなトラブルも無く約50分で科学館に到着しました。そこでも「おもしろ不思議水族館」の企画展で大好きな魚を見ることが出来、はしゃぎ廻っています。プラネタリウムも見ることが出来ました。昼食をはさんでおよそ四時間半の冒険は無事終わりました。
帰宅後すぐに私は、田代東で行われている、「田代東三世代ふれあいバーベキュー」へ直行です。笠松町青少年育成町民会議地域部会の事業でも有るため担当町職員の方も来られていました。
「子ども達に、思いでを作ってやりたいんや!!」と熱い想いの役員さん方に支えられて、毎年続いているのが解ります。今年はスイカが高くて、スイカ割りに使えないので、地元の人から腐って商品にならない物を、“スイカ割り用”に分けてもらったそうです。こうした知恵と努力で作られる地域活動が安全・安心の地域づくりの根幹だと感じています。
2010.8.28(土)笠希な集い22
暑い日が続く上に、今日は柳津の花火大会です。参加される方は少ないのかなと考えていたのですが、期待は裏切られ!?多くの方の参加を頂きました。本当にありがとうございました。継続は「力」なのでしょうか。始めて参加頂いた方、笠中時代の同級生、笠松町内でも松枝地域以外の方とバラエティーに富んできました。これからも一層解りやすくして行きますの、多くのご参加をお待ちしております。
2010.8.27(金)薪能
商工会CAM塾講習会事業委員会が企画した薪能鑑賞会です。私も委員の一人である講習会事業委員会では、毎年講師の方を商工会館にお招きして講演をお聴きする事業を展開してきました。しかし、講師の方をお招きするのではなくこちらが出かけて行くのはどうだろうかと言う事になったのです。しかし、なかなか妥当な講演が見つかりません。そこで提案されたのが、すでに20年以上も行われていながら一度も見たことが無いという「薪能」に行き当たったのです。私としても密かに楽しみにしていたのですが、別の会合と全く重なってしまいました。そちらの会合からも「参加される方の欠席が有るので是非」と言われてしまいました。そこで少しでも、その雰囲気を味わいたいと思い、出発はCMA塾の皆さんと一緒に「薪能」へ、時間の許す限り長良川河畔でと考えたのです。しかし、薪に点火されるまで居るのが精一杯でした。幽玄なその演技を見ることは出来ませんでした。後ろ髪を引かれる思いで会場を後にしました。
でも、次の会合も薪能に負けず劣らず、とても充実した内容で、次回も楽しみになりました。
2010.8.27(金)未明の火災
明日に迫った「笠希な集い22」のプレゼン作りに一区切りを付け、帰宅したのが27日の午前2時50分頃です。「入浴でもして寝ようかな」と思ったところで消防無線が聞こえて来ます。如月町地内、工場からの建物火災を伝えています。すぐに現場が浮かびます。「もしあそこが炎上火災になれば大変な事になる!!」消防団を引退した私が行ってもどうにもならないのは解っていても足が現場に向かっていました。
到着するとすでにポンプ車が消火し、まもなく「鎮火」が伝えられました。通報してくれたのは、自転車に乗ったカップル。事情を聴取されていました。そして消防署員と供に笠松町消防団員も走り回っています。今更ながら、こんな皆さんに守られていることを痛感するのです。
2010.8.23(月)羽島郡人権教育研修会
羽島郡二町教育委員会主催による、平成22年度羽島郡人権教育研修会が開催されました。私は、公民館運営審議会委員として長野議員と供に参加いたしました。
「健康で心豊かな子育てに挑戦」−施設児童との共体験を通して−と題したご講演を頂いたのが、社会福祉法人 児童養護施設 日本児童育成園 子ども家庭支援センターぎふ「はこぶね」施設長 長縄 良樹 氏です。40年に及ぶ経験から話される内容は、実感と迫力に満ちています。児童施設で働く人間として「仕事上の関係で終わりたくない」と言う言葉に表れています。それで支えられてきた多くの子ども達の人生をお話しされました。
最後にオレンジリボン運動の事を話されました。私も趣旨に賛同し、マグネットシールとピンバッチを購入いたしました。
子ども家庭支援センターぎふ(はこぶね)
子育て相談 児童虐待防止ホットライン 058−296−2172
2010.8.22(日)福祉健康センター停電
朝8時前、私の工場に出社した時、工場の前にある福祉健康センターの植え込みにある朝顔の花がいっぱい咲いていました。そのかわいい姿を見に近づくとセンターの玄関で何かが光っています。上の階を見ると階段を昇った所あたりでも光っています。近づいて再度、確認すると天井にあるフラッシュライトがフラッシングしています。見たところ煙が出ているわけでもなく大きな問題もなく思ってのですが、町長に連絡。すぐに職員が出てきてくれました。センター全体の停電のサインだったとの事です。その後点検業者の方も駆けつけ原因調査が行われ、対応が終わった時点で担当部長さん、課長さんが説明に来てくれました。SOG制御器内に蟻が侵入したことによる停電だった様で、蟻を取り除き侵入経路をパテで埋めたとのことでした。
センター内には、冷蔵庫保管の薬品等も有り、月曜朝まで停電が復旧していないと公務に影響が出るところでした。大事に至らずに良かったです。
町長を始め、職員の方の迅速な対応に感謝いたします。
2010.8.21(土)第9回飛騨・木曽川Eボート交流会
昨年、第8回大会は笠松生誕120年記念として笠松みなと公園で行われたのですが。今年は羽島市の当番です。場所は羽島市木曽川堤外正木運動場(堤外グラウンド)東側(木曽川川岸)の特設会場です。特設会場といっても河川敷の葭の草原を刈っただけの所で、炎天下、木陰もなく砂埃の舞い上がる場所です。トイレの場所も遠く不便な所、一般に使える水道も有りません。
大会運営に於いても、不慣れからの予定時間遅れが重なります。午後からの予選二回目では一回目とルールを変更して行う等、今後に問題が残った大会であったと考えます。
それでもとにかく、我が議会チーム「チームかさまる」は欠員を田中県議に応援をお願いし、予選二回目では一位でゴール。私達が終了した時点では一般bグループで3位と好位置?に付けましたが、終わって見れば8位と予選敗退となりました。早々に撤収となりました。
2010.8.19(木)トラブル
最近、川島化成で使用している成型機がトラブル続きです。特に1989年に製造された成型機です。すでに21年は経ち、耐用年数を上回っています。
今回のトラブルは、成型機制御の中枢、シーケンサーSYSMAC C-500のCPUユニットの異常です。成型機メーカーに問い合わせた所、すでにシーケンサーの製造元オムロンでは、製造中止をしており別の後継機種に更新し、中のシーケンスプログラムを組み直すと中古の成型機が一台買える程の価格を提示されてしました。そこで数年前に別のメーカーの成型機を更新した時に、部品取りで外しておいたシーケンサーがある事を思い出しました。運良く同じメーカーの同じ機種です。早々にCPUユニットを交換、ROMボードも交換してみました。所が・・・CPUユニットの異常は消え、運転表示がついたのですが、今度は警報が出てしまいました。Webで調べたり、オムロンに電話をしたりで気がついたのは入出力ユニット構成が違っている事です。成型機メーカーにシーケンサー支援装置を持って来てもらいI/Oテーブルを書き換えてもらうと順調に動き出しました。その後、同機にて稼働している取り出しロボットにも接触不良が発覚、こちらは配線を交換してOKになりました。
日頃のメンテナンスや点検ではどうにもならないのが、電子部品の突然の劣化です。今回の様な旧型の装置では、部品確保が最大の焦点です。
2010.8.18(水)医外の医外に役立つ話
昨年も松波英一名誉院長先生にご講演をお願いしたのですが、スケジュールが合わず断念した経緯が有ります。今年は何とかお願い出来たとのことで、安堵したところです。
「医外の以外に役立つ話」と題されたお話しは、文献のデーターに基づいたお話しで、医外ではなく、やっぱりお医者さんのお話しです。でもそのユーモアたっぷりのお話しに皆さん笑ったり、うなずいたりと・・・流石に経験豊富な松波先生だと感じました。講演の後に行われた懇親会でも次々に皆さんが訪れ、ゆっくりと食事も出来ない様です。そのお人柄を物語っているようです。
私も先生に誘われて、二次会にもご一緒させて頂きました。本当にありがとうございました。
2010.8.17(火)夏休みの宝物
三男の「夏休みの宝物」作りです。
昨年は「おばけえびの研究」だったのですが、観察の途中で、餌の与えすぎで水槽の水が腐敗、死滅しやり直しとなってしまいました。そこで水槽が地球だったら・・・「みんな死んじゃうね!」となったわけです。
今年は、環境問題の導入としてクリーンエネルギーである電気の実験となったのです。先ずは「でんきってな〜んだ」と題して、電気に触れてみたり、電気を作って見たりと進んで来ました。更に電気ポケモンの研究までも・・・
実に本日で、見学・学習、実験、まとめと総てが終了しました。長男以来最も早い進展です。三男もホット一息です。実験の途中で電池を繋がなくても自分が発電した電気で小型扇風機が動いた時に「お父さん、夢みたい」と言った三男の言葉が印象的でした。
2010.8.15(日)〜16日(月)川まつり〜準備から清掃〜
今年も川まつりが来ました。午前中から昨日までのキャンプの片付けをしながら万灯船の準備。毎年炎天下の中で汗だくなのですが、川面に立ちこめる霧で非常に高い湿度の中での作業となりました。多少、段取りの悪さも有ったのですが午前中に総ての作業を終了させる事が出来ました。
夜の花火大会に備え芝生広場にビニールシートを引いて、花火が始まる1時間程前から家族・友人らと宴会です。これほどゆっくりと花火を見たのは、生まれて初めての経験です。来場者も多かった様で、大盛況でした。
一箇所に留まって写真を撮ることが来ましたので多くの写真撮影が出来ました。ちょっと多めに見て下さい。
16日6時からは会場清掃のボランティアです。三男も「ボクも行く!!」と一緒に参加しました。長男→次男→三男と年を経る毎に子どもが下がって行くのですが、いつまで三男は付き合ってくれるのでしょうか?
2010.8.13(金)〜14(土)飛騨金山の森キャンプ場
今年の夏休みも恒例のsummer campです。場所は、昨年同様「飛騨金山の森キャンプ場」です。ここを選んだ理由は、昨年の経験から、とにかく「川」が綺麗なこと。冷たく充分な水量が有るところも有り、幼児でも安心な緩やかな所も有る所です。更には携帯電話の総てのキャリアが圏外である事です。毎回一緒に行く同級生家族に聞いた所、即決定でした。しかし、4月1日の予約解禁日に電話がつながりません。数時間かけてやっとのことで繋がったのですが、希望のサイトには予約出来ませんでした。何とか4サイトを確保する事が出来ました。
今回の私のメニューは、おやつにポップコーン・スペアリブのメイプルシロップ煮です。友人達は、恒例の手羽先のコーラ煮・ナンとカレー・えび、いかの鉄板焼き・鮎の塩焼き・焼肉など次々に出来て来ます。私のスペアリブのメイプルシロップ煮は、spring campで試みたものの、今ひとつ上手く出来ませんでしたので、そのリベンジです。今回は好評で、次回には更に一手間加えて挑戦したみたいです。こんな料理を食べながら、深夜まで宴会が続くのが恒例です。今回は、春から大学に進学した長男も帰省して一緒に来てくれました。長男が来ると私は、本当に助かります。
連休までは、好天続きで灼熱地獄だったのが休みになると台風の接近です。13日の夜までは何とかもった天気も持ちこたえてくれたのですが、夜半過ぎには、雨音でうるさくて目が覚める程の空模様です。お陰で川遊びは出来ませんでしたが、事故もなく無事に帰って来る事が出来ました。帰り道で唯一の難点は、携帯電話が圏内に入ると供に留守電・メールの嵐になることです。これで一気に浮き世に戻されます。
帰ってからは、雨に濡れたテント、タープ、シュラフ等の洗濯・乾燥に大忙しです。天候不順も続いて片付け終わったのは、15日の夕方になってしまいました。
2010.8.11(水)岐阜県国民健康保健運営協議会会長連絡協議会
国保運営協議会副会長として岐阜県県民ふれあい会館で行われました、岐阜県国民健康保健運営協議会会長連絡協議会に参加してきました。
基調講演として、国民健康保険中央会 理事長 柴田 雅人 氏による「国保を巡諸情勢について」と聖徳学園大学教育学部/同大学院国際文化研究家教授 橋元 慶男 氏による「笑いと健康」〜メンタルヘルス対策〜と題した講演を拝聴いたしました。
柴田氏の講演では、政権が変わった事による見通しのきかないことを話されました。本格的な政権交代初体験の不安と戸惑いが透けて見えた様な気がします。続いての橋元 慶男 氏の講演では面白いたとえ話を織り交ぜながら笑いがもたらす健康への貢献を話されました。
2010.8.7(土)経過報告
2月8日から一念発起、体調管理に取り組んでから半年続けて来る事が出来ました。体重で−10kg近く、体脂肪で−6%、ウエストサイズで−9cmと順調に進んで来ました。最近では体重も体脂肪率も余り落ちなくなって来ましたが、その分、代謝が良くなった様な気がしますし筋肉もついてきたと思われます。何より、すれ違う方とのふれあいが、私に勇気とプレッシャーを頂けることが何よりです。
先日も長男と同じ大学に通う笠中卒業生で、一年先輩、軟式テニス部部長の方と出会うことが出来ました。こんな出会いが楽しい毎日です。
2010.8.2(月)第1保育所送迎道路と芝生
かねてより工事を行っていた、第1保育所送迎道路が先日完成し、翌日の正式使用を前に拝見してきました。今までの上新町の側の狭い通路から二見町公園側から園内に入り事ができる様になりました。これは奈良町との境にある私道が町道として拡幅出来たことにより、裏側からのアクセスが容易になったことがあります。もちろん今までは、救急車両の進入にも問題があったのが、一気に解決する事が出来ました。
昨年から取り組んで来た、園庭の芝生化も徐々に進んで来ました。昨年、試験的に始めたティフトン種の芝生を大幅に増やすと供に、鳥取方式の改良型ティフトンも試験的に植えて、順調に成長が進んで来ています。これなら町内三保育所の芝生化も順調に進んで行くことだと思います。
同時に松枝保育所に増設された芝生も順調に育成が進んでいる事も拝見させて頂きました。
2010.8.1(日)田中勝士後援会BBQ大会
今年もBBQ大会の季節の到来です。梅雨明け十日の、厳しい夏の日差しがふりそそぐ、まさに天候に恵まれた一日になりました。多くの皆さんに集まっていただく事が出来ましたことを心から感謝致します。
焼肉、焼きそば、かき氷、おにぎり、生ビール、ミニトマトと多くのメニューの中で、私の担当はポップコーンです。今回、ポップコーンの機械を借りてそれを作るのは始めてです。事前にネットで機械の扱い方、分量等を確認し、塩味とキャラメル味の二つを行う事し、必要なポップコーンの素、オイルとフレーバーを岐阜市内で購入してきました。少々心配でしたが思ったより上手く作る事が出来ました。特にキャラメルフレバーは人気で作るとすぐに無くなってしまいます。およそ200人分を短時間で提供する事が出来ました。今度からは、「ポップコーンのことは私にお任せ下さい。」と言える・・・かな。
2010.7.10(土)落語の祖-安楽庵策伝と三遊亭円朝-と湊街浪漫
2010.7.11(日)笠松トンボ天国・親子探検隊
2010.7.12(月)木曽川水位
2010.7.13(火)経過報告4
2010.7.13(火)歴史民俗資料館 夏休み企画「 木曽川 〜河跡湖(トンボ池)・水没遺跡・石畳〜 」
2010.7.17(土)木曽川・大賀ハス・北野神社
2010.7.17(土)田中勝士後援会総会
2010.7.18(日)岐南町BBQ大会
2010.7.19(月)オグリキャップお別れの会と中国競馬事情
2010.7.25(日)モンプル
2010.7.28(水)岐阜工業高校同窓会
2010.7.31(土)第17回松枝盆踊り大会
2010.7.31(土)第17回松枝盆踊り大会
今年で17回との事ですが、私が参加させていただく様になったのはいつからだったでしょうか?多分長男がまだ小学生だった頃、PTAの役員でお手伝いしたのが最初だったのでしょうか。それ以前は、消防団の連合演習と重なった事が多かったように覚えていますが。
今年も昨年同様に、松枝小学校耐震工事の影響があり、運動場の一部が使用出来ませんが、会場のレイアウトを変えることで対応されています。皆さんのご苦労に頭が下がります。
2010.7.28(水)岐阜工業高校同窓会
岐阜工業高校の同窓会の役員をさせていただいてから5年程になるでしょうか、昨年からは常任幹事・副幹事長・会報編集委員・総会担当と多くのお仕事を仰せつかっております。昨年度は1年生と言う事で右も左も解らないまま過ぎてしまいました。7月は事実上の同窓会新年度が始まる月になります。7/20の本部役員会、7/26第一回会報編集委員会、7/27常任幹事会、7/28同窓会総会実行委員会と連日会議のラッシュです。
心配された昨年度の同窓会総会も140万円の余剰金を生み出すことが出来、100万円をものづくり支援に寄付する事が出来ました。その贈呈式を7/27の常任幹事会の席でおこなわれ、広瀬同窓会長から校長先生に手渡されました。こうした同窓会の力がものづくり技能五輪での金メダルや、運動部の活躍につながっていると信じています。次の同窓会総会の成功を願っております。
2010.7.25(日)モンプル
三男と「モンキーパークのプールに行こう」と約束して何年立つのでしょうか?やっと果たすことが出来ました。先月、誕生日のモンキーパークへ来たのですが、それで一層プールに来たくなってしまった様です。私の同級生で小学生以下の子どもがいる二家族を誘い、久々のプールです。ここのプールに来たには始めてですが、遊園地同様に随分、ハード及びソフト面での改良を行った事が手に取る様にわかります。客層を小学生以下の親子連れに焦点を絞った展開は実に巧妙に的を得ています。実際、来場者は総てが親子連れと言って良い様な状況です。広さも安心度も程々な出来に友人達もその設定に感心しきりでした。
6月の見聞録でお伝えした入場ゲートは新しくなっていました。それにその上に走っていたモノレールのレールは一部解体されていました。ここモンキーパークは1960年生まれ、と言う事は私と同級生と言う事です。私が3〜4歳の頃に連れていってもらった時は、開業すぐの大盛況の頃であったと思われます。もちろん当時は車など無いので名鉄電車に乗って、モノレールで行った事は鮮明に覚えています。それが解体されているのを見るのは、少々淋しい物です。こうして新しい時代に引き継がれて行くのかも知れません。変わらないのがここで見る事が出来る、子ども達の歓声と笑顔であって欲しい物です。
2010.7.19(月)オグリキャップお別れの会と中国競馬事情
7月3日、北海道・優駿スタリオンステーションで、余生をおくっていましたオグリキャップが脚部を骨折して死亡いたしました。そのお別れ会を笠松競馬場で行う事を知らせる通知が来たのが7月14日。その内容は以下の様で有ります。
謹啓 盛夏の候 皆様方には益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
平素は、笠松競馬に格別のご支援ご協力を賜り厚くお礼申しあげます。
さてこの度、多くのフアンから人気を博し、競馬ブームを支えた 「芦毛の怪物」などの愛称で親しまれていたオグリキャップ (牡二十五歳)が、七月三日に余生を送っていた北海道・優駿スタリオンステーションで、脚部を骨折して死亡いたしました。
オグリキャップは、一九八七年に笠松競馬でデビューし、十二戦十勝と圧倒的な成績を残し、一九八八年に中央競馬に移籍しました。中央競馬では、引退レースとなった一九九〇年の有馬記念を含む重賞十二勝という偉大な記録を残しました。
つきましては、名馬オグリキャップを偲び、いままでの功績を称え回顧するため、左記のとおり「オグリキャップ号お別れ会」を執り行いますので、謹んでご案内申し上げます。 敬具
平成二十二年七月十三日
岐阜県地方競馬組合
管理者 笠松町長 広 江 正 明
記
オグリキャップ号お別れ会
日 時 平成二十二年七月十九日 (祝) 午後五時より
場 所 笠松競馬場内
岐阜県羽島郡笠松町若葉町二一番地
電話 (〇五八) 三八七−三二七八
なお、勝手ながらご志・ご供花・ご供物の儀は固くご辞退申し上げます。また、ご来臨の際は平服にてお越しいただきますよう、お願い申しあげます。
沢山の報道機関と共に、多くのファンがオグリキャップとの別れを惜しんで集まりました。関係する皆さんからメッセージが発せられましたが、中でも元のオーナでもある小栗幸一さんが話された言葉は感動的な物でした。
競馬場の出口付近では記念のポストカードが配布され、オグリキャップ像の前には多くの献花とそれを撮影する人垣が耐えませんでした。
7月から出国ビザの発給条件が緩和された事で、多くの中国人観光客が日本を訪れる様になって来ています。今月初めに北海道に視察研修に伺った時に、もそれを見越した多くの対応策が取られており、すでに多くの観光客の皆さんが来日されていました。そのな折り、友人と中国競馬事情について話し合った事が有ります。
中国では、1798年から1941年まで25箇所以上の競馬場で行われていたと言います。第二次大戦後には、中国共産党によって廃止されました。その後は草競馬で行われていましたが、ケ小平の「改革・解放」政策の一環として競馬も再開され、北京や広州などで年間300日ほどの競馬が開催されました。馬券の発売も黙認されていました。しかし、賭博が加熱してくると2000年1月には中央政府が競馬禁止令を発布、再び草競馬に陥落。それが今年あたり許可されるとい噂もありますが、どこが統括所掌するのかもはっきりしていない模様です。
次に外国人でも馬主になれるかと言う事につては、JRAでは2009年から外国人の馬主になることを認めています。2009年11月に時点では4人の外国人馬主が登録されています。しかし、馬主の世界は英国からの歴史もあり、社交界的な所があり、条件面で厳しいことが挙げられます。また、不特定の個人を対象に馬主を金融商品にするのも規制があって難しいようです。これも規制緩和と法改正を求めなければ出来ません。次に考えられるのは、馬産地としての機能は中国にも有り、それとのコラボレーション、競馬が再開された時にはお互いに共同レースの開催など、やるべき事、考えるべき事は沢山有る様な気がします。誰が一番になるかです。
2010.7.18(日)岐南町BBQ大会
岐南町の「夏祭りバーベキュー大会」が開催されました。私もお手伝いを依頼されましたので、参加させて頂きました。地域の多くの方の参加を得て盛大なバーベキュー大会になりました。来賓として園田代議士、田中県議、岐南町長を始め多くの皆様に華を添えて頂きました。
私も、お手伝いと言うよりもバーベキュー大会を存分に楽しませて頂きました。本当にありがとうございました。
2010.7.17(土)田中勝士後援会総会
2010年度の田中勝士後援会総会が笠松町商工会商工会館で行われました。来年の統一地方選を睨んで多くの議案を全会一致で可決させていただきました。BBQ大会、日帰りバス旅行、海外旅行等、田中勝士公式ホームページのお知らせページに掲載されていますのでご覧下さい。
総会終了後には、県政報告会が行われました。先日、岐阜県で開催されました、「第30回豊な海づくり大会ぎふ長良川大会」の模様や、岐阜県の財政状況の解説、今後の見通しなどを解りやすくプレゼンされました。参加された皆さんもその解りやすい説明に満足されていました。
2010.7.17(土)木曽川・大賀ハス・北野神社
7月12日から降り続いた雨もようやく落ち着いて来ました。今回記録した木曽川笠松観測所の最高水位は7月17日午前4時に記録した9.7mでした。これは水防団待機水位である7.6mは超えたもののはん濫注意水位である10.4mまでには至りませんでした。
最近の2004年10月21日の台風23号の時には、10.96mとはん濫注意水位を超えてしまいました。更に2006年7月19日12時には11.06mに達し、11.3mの出動水位にもう一歩まで近づきました。2007年7月15日の台風4号接近時にも8.95mに達したことがあります。今回はみなと公園のせせらぎ水路のある部分が浸水しましたが、羽島市下中町あたりの河川敷公園では仮設トイレが流されていました。
羽島市桑原町前野にある「大賀ハス園」、毎日のように近くを通るのですが、足を止めたことがありませんでした。降り続いた雨も上がり、平年より3日早く梅雨明けを迎えた日に、寄ってみることにしました。ちょうど7月17日と18日はイベントが予定されている様で、朝から大型観光バスが何台も駐車場に吸い込まれて行きます。桑原町の特産品や「いももち」などの販売をしていました。上記「大賀ハス園」のリンク先にある「2010大賀ハスまつりのリーフレット」をダウンロードしていただければ良くわかるのですが、周辺には多くの観光スポットも散在し、組み合わせることで1日充分楽しむことが出来ると思います。以外に地元以外の人間によるプロデュースが大切なのかも知れません。
梅雨が明けたこの日から、地元の氏神様である北野神社、お拝殿の屋根瓦葺き替え工事を行うことになりました。「一度中を開けてみないとわからない部分があります。」と見積を取る時に言われてように、瓦をめくって見ると雨漏りによって一部破損したところや、格子の破損によって多くの枯れ葉が天井裏に入っていました。当然、そこは雀の巣となっていました。
中なら出てきた記録によると、落成が昭和二年一月、つまり83年の歳月を経ているのです。次に手入れが出来るのが何時になるか、わからないことから出来るだけ丁寧な補修が必要と思われます。氏子役員の方は高齢の方ばかりですので、なんと一番若い私が足場に登り、中の確認をさせていただきました。
こんな想いを次の世代に残して行けるのだろうか?そんな不安が胸をよぎるのです。
2010.7.13(火)歴史民俗資料館 夏休み企画「 木曽川 〜河跡湖(トンボ池)・水没遺跡・石畳〜 」
笠松町歴史民俗資料館では、夏休み企画「 木曽川 〜河跡湖(トンボ池)・水没遺跡・石畳〜 」を開催しています。
木曽川に、その恵も苦しみも供に生きてきた笠松の歴史、そこの住む人の生活が再現されています。特に藤掛水没遺跡では、昭和46年頃からの発掘は、私が中学生の頃、当時笠中で社会科の担任をされていました河野先生と同級生達が一生懸命作業していたことを覚えています。今回展示されている物も、その同級生の方が歴史民俗資料館へ寄付して下さった物が多く有ります。また、その同級生が長池地内の造成地で見つけた五輪の塔と陶木の発掘物は、そこに住んでいたであろう住人へ想いを新たにします。
折りしも、梅雨末期で降り続く雨のため、水防団待機水位を超える木曽川の姿が、すぐそこに流れています。堤防の上から見ると堤内の地面より木曽川の水位の方が高いのが一目瞭然です。
そして、現在でもその木曽川の恵と恐怖を感じながら、笠松の存在があります。
← 7月12日、最高水位に達した時に打ち上げられた流木。おそらく、9m近い水位だったと思われます。7/13 18:40頃撮影 ↓ 7月14日17時頃のみなと公園 水位は8.1m程度と思われます。 |
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2010.7.13(火)経過報告4
7月に入って少々疲れ気味です。視察研修があったりと途中で途切れることがあると調子が狂います。十日間ほどが立ってようやく調子が戻って来ました。最近はたくさんの方にお声掛けいただく様になりました。皆さんにお声掛け頂くと一層がんばることが出来ます。これからも応援よろしくお願いいたします。
2010.7.12(月)木曽川水位
梅雨も末期に近づき、このところの降雨量も多さも岐阜に限らず全国的な模様です。12日夜には笠松地区の木曽川の水位もピークに達し21時には8.9mを記録した様です。19時少し前に、みなと公園石畳の所に行くと通行不可能な程に水位が増えていました。この時点で8.56mと有りますのでその後、更に50cmほど水位が上がった事になります。昼頃に木曽川橋を通った時には、護岸の木工沈床隠れる程度(5.6m程度と思われる)だったことを考えると、その後3mも増えたことになり、現在でもせせらぎ水路は水没状態で水防団待機水位である7.6mを超えたままですが、下がり始めています。水難事故もあったと聞きましたし、19時の時にはテレビ局の取材カメラがみなと公園に来ていた様でした。
下に示す、水位グラフは岐阜県川の防災情報からです。
2010.7.11(日)笠松トンボ天国・親子探検隊
今年で四回目を迎えます、笠松トンボ天国・親子探検隊。昨年は余りにもたくさんの参加があり大変な状況になってしまいました。その反省から今年は、先着15組までといたしました。それでも参加頂いた皆さんは、名古屋市、大垣市、本巣市など広範囲に及び、笠松町・岐南町の親子は数組のみです。ある意味、笠松トンボ天国を町外にアピールするのには良い機会になったとも言えます。更に、今回はNHK岐阜放送局とTBSテレビの取材を受ける事となりました。NHKでは当日の地方ニュースの中で流して頂けました。TBSの番組は前日収録した鵜飼と合わせて環境問題を取り上げた番組(東京ローカル)での放映とのことです。
少々の雨模様で、心配されましたが元気な子ども達が走り回る楽しい一時とする事が出来ました。子ども達が昆虫を追いかける真剣さは、実に気持ちの良いものですが“お母さん”も負けずに真剣勝負している姿も「感動」物でした。そんな親子の笑顔のためにも、また来年の開催をしたい物です。
最後にトンボ天国の絵が刻印された「瓦せんべい」と「竹とんぼ」の参加賞をいただいて解散となりました。
2010.7.10(土)落語の祖-安楽庵策伝と三遊亭円朝-と湊街浪漫
午後1時30分から「杉山邸」で富山大学・二村文人先生による落語のお話しのご案内を頂きました。「落語の祖-安楽庵策伝と三遊亭円朝-」と題したお話しを伺う機会を得ることが出来ました。
今回は、江川できものギャラリー睦月をされています、横山さんのご尽力で開催に至ったとのことです。二村先生の奥様が横山さんのきものギャラリー睦月のHPを見たことがきっかけだったそうです。流石に落ち着いたHP構成には脱帽です。更に、その講師で有ります二村先生は獅子吼の大野先生とのご縁も有るとお聞きいたしました。
庶民の娯楽、落語の創世から現在に至るまでの流を解りやすくお話ししていただきました。また、始めに芋喰亭ポテ公さんの「動物園」なる落語も楽しい物でした。この催し、その後、行われる「湊街浪漫」とコラボする事が出来たら、また新しい発見があったかも知れません。
同じく午後からは、みなと公園で「湊街浪漫」も開催されていました。落語の後に少し見てきました。快晴の空の下、多くのお客さんで賑わっていました。フリーマーケットを始め多くの工房がお店を出していました。中でも竹細工のお店を出されていました、−風雅―の戸田さんと版画のお店 工房 福 の方とお話しする事が出来ました。皆さんとても楽しい方で、各地のイベントでご活躍とのことです。
夜には、三男を連れて再度訪れて見ますと、そこは昼間とは全く別の世界。芝生広場ではコンサートが行われ、その夜の公園のベストマッチ。みなと公園の魅力を一層引き立てています。今後の活用を期待します。このみなと公園に行灯をたくさん並べて、「落語」などの話芸を落ち着いて聞くのも良い物だと思いませんか?
2010.6.6(日)田中勝士後援会役員会
2010.6.7(月)経過報告3
2010.6.8(火)私のコレクション「懐かしの映画パンフレット(外国映画)
2010.6.9(水)財産処分
2010.6.12(土)第30回全国豊かな海づくり大会〜ぎふ長良川大会〜サテライトイベント 笠松みなと会場
2010.6.13(日)忙しい一日とはやぶさ帰還
2010.6.20(日)松枝小学校学校評議員の会とチョット早い誕生日
2010.6.21(月)保育所の芝生
2010.6.22(火)公民館運営審議会と羽島郡町村議会議員総会
2010.6.25(金)マイブーム
2010.6.26(土)第32回少年の主張大会
2010.6.27(日)誕生日プレゼント
2010.6.28(月)夜回り先生 水谷 修からの伝言〜ふるさとの未来のために〜
2010.6.28(月)夜回り先生 水谷 修からの伝言〜ふるさとの未来のために〜
主催:社団法人 羽島青年会議所 共催:羽島商工会議所 後援:羽島市・笠松町・岐南町・羽島商工会議所・羽島市教育委員会・羽島郡二町教育委員会の皆さんのご尽力で、羽島市文化ホールみのぎくホールで水谷先生の講演会が開催されました。私は気にも止めていなかったのですが、家内が行きたいと言った事から申し込む事にしました。Webでの申し込みだったので、1人分毎にしか申し込みが出来ず、家内は当選出来ませんでしたので、私一人での参加となりました。
笠松からも多くの方が聴講に来ておられました。是非、笠松の大人と子ども達に聞かせてやりたいとの事で、一致。「道徳のまち講演会」で実現出来ると良いですねと言う事になりました。
先生のお話の内容は・・・先ずは中日新聞の夜回り先生のエッセーをご覧下さい。大人が大人の責任を取る事から始め無くてはなりません。
会場で先生の著書を購入致しましたら、快くサインをして下さいました。「写真撮っても良いですか?」と尋ねますと「良いですよ!でも並んで撮るのは勘弁して下さい。」とのことでした。ここで掲載するのは控えます。
2010.6.27(日)誕生日プレゼント
6月25日に八歳の誕生日を迎えた、三男への誕生日プレゼント「遊園地へ行こう!!」を実行する日が来ました。悩んだあげく「日本モンキーパーク」に決定。電車を利用して行く事になりました。すでに犬山遊園からのモノレールは廃線となっており、犬山駅からのバスで向かう事になりました。
もう何年前になるでしょうか?このモンキーパークと南知多ビーチランドが廃止を検討されたのは。ちょうどそんな頃、子ども達を連れてモンキーパークに出かけて事が有ります。当時は、本当に淋しい状況で俗に言う「ぺんぺん草が生える」そんな状況で有った事を覚えています。それが今では見事なCIの成果でしょうか、園内も明るくなり、新しいアトラクションも出来ています。「モンパ君」と、そのガールフレンド「モンピーちゃん」なるキャラクターも登場。その商品展開やモンパ君体操など、その楽しい事。ソフト面では「モンパ君」とお誕生日会をしよう!
(1日3組限定)等の限定作戦、ガイドブックを買って「モンパ探険隊」、「チャレンジ・ザ・50」に挑戦だ!やモンパ学園〜Monkey School〜開校
等、リピーター獲得作戦、更にはナイター営業に子ども達だけで遊園地に宿泊するプランまで・・・その結果でしょうか、新しい入場ゲートを建設中でした。
三男はそんな事は、お構いなしにワンデーパスポートを存分に活用、ぐるり森の迷路には10回も挑戦、シューティングゲームも5回以上は挑戦したでしょうか。2人の兄ちゃん達は流石に遊園地にはついて来ません、従ってお父さんとお母さんは彼の独占状態です。こうしてみると、次男が一番かわいそうかもしれません。
2010.6.26(土)第32回少年の主張大会
笠松町青少年育成町民会議 青少年育成部会 主催の第32回少年の主張大会が笠松中央公民館大ホールで開催されました。ここ10年は、毎年拝聴させて頂いています。子ども達が嬉しかったこと・感動した事・楽しかった事などを語ってくれます。特に未来に向けての提言には、現在の“大人社会”を素直に分析し、今からの自分達に何が出来るかを真剣に考えています。
以前、教育関係者の方で「こんな事(少年の主張大会)は止めてしまえ」と言われた方がいました。特に中学生の選考では、現在の様な選考方法は見直す事の検討も必要かも知れません。しかし、テーマを決め内容を煮詰めていく過程こそが最も大切な事だと考えています。今回でも最優秀を獲得された中学生2人を含め、総ての出場者の皆さんが体験した事は、何事にも代え難い体験だと思います。
2010.6.25(金)マイブーム
最近の私のマイブームは、こんにゃくとぽん酢です。「ふらっと笠松」で販売されている白川茶入りのさしみこんにゃくです。これは笠松町と防災協定を結んでいます、加茂郡白川町の特産品です。これは、ほのかなお茶の香りと独特の歯触りが気に入っています。最近、これに「ゆずのぽん酢」を付けて食べるのが妙においしく感じています。この「ゆずのぽん酢」、ご近所の方が京都まで出かけて、買って来て頂いた物。自己主張することなく素材の味を引き立てつつ、そのゆずの風味を存分に感じさせてくれます。野菜サラダ、豆腐、コロッケやとんかつなど様々な食材をさっぱりと風味豊にしてくれます。
一度、体験するとやみつきです。キット!!
2010.6.22(火)公民館運営審議会と羽島郡町村議会議員総会
この四月から公民館運営審議会委員を羽島郡二町教育委員会から、同時に笠松町生涯学習推進会議委員を移植されました。その第一回目の委員会が開催されました。委嘱状交付の後、加藤委員長・田中副委員長を互選で決定致しました。最大の問題点として、二年前に決定した生涯学習講座の受講期限の事が検討されました。受講期限が三年間とされたために、今年度がその最終年、つまり来年度の講座募集の時には、大幅な受講生の入れ替えや、講座が開講できるかどうかの問題をはらんでいます。内容については審議中なのでひかえますが、「地域に学び地域に返していく」教育長がお話しされた事が基本だと考えています。
午後からは、羽島郡町村議会議員総会が開催されました。
2004年5月21 日に柳津町で行われた第48回羽島郡町村議会議員総会が羽島郡四町と言う枠組みでの最後の総会でした。それから6回目、第54回を数える今回は、昨年の岐南町議会選挙で定数を10人にした事で二町合わせても20人となってしまいました。
そして政権交代も行われ、今回の講師は民主党衆議院議員である石田芳弘氏。内容は今までに無い講演で、私には新鮮に感じました。以前、犬山市長をされていた時に、著書をいただいた事や、酒宴でご一緒させていただいた事をお話いたしました。
2010.6.21(月)保育所の芝生
学校評議員の会でご一緒させていただきました、松枝保育所の加藤所長さんから「松枝の芝生も青々としてきましたよ!」ご案内を戴きました。5月27日の見聞録でご紹介させていただいておりますが、それから更に一ヶ月。本当に青々と育って来ました。運動会が行われる頃には、転げ回って遊べる様になると思います。同じ様に、芝生を拡大された第一保育所も芝も育成が順調に進んでいます。こちらは、園への送迎用に車輌入口の整備と下水工事等が行われます。その後には園庭のほとんどの部分へ芝生が拡大されるとの事。小さな子ども達が多い、第一保育所は芝がある事で外遊びが一層安全に行える様になると感じています。
上:第一保育所 下の枚:松枝保育所
2010.6.20(日)松枝小学校学校評議員の会とチョット早い誕生日
今日は、三男が通う松枝小学校学の家族参観日です。1時間目と2時間目、図工の参観授業です。厚紙をカッターで切り抜き、裏側から色付きセロファンを貼り付け、ステンドグラスのように仕上げます。
授業の狙いは、カッターの扱い方がメインでしょうか?色々な形を定規で書いて、それを切り抜きます。ほとんどの児童がカッターでの切り抜きは始めてなようで、なかなか上手くカッターを扱えません。家族参観と言う事で、保護者と一緒の作業となります。ある意味、保護者の監視の下作業させるのが学校側の狙いと感じる事もできます。そう言えば、私もカッターやカミソリでよく手を切ったものです。
三男は、六種類の型を抜き、セロファンを貼ります。感心したのは、皆がくしゃくしゃにならない様、綺麗に貼り付けているところ、わざとボールの様に丸めたセロファンを再度伸ばし、貼り付けました。これが結構良い味を出しています。私自身も気がつかなかった手法でした。
子ども達の発想の柔軟性には驚かされます。しかし、廊下の保護者はうるさいです。
続いて、PTA講演会です。講師には東海学園大学 健康福祉学部 講師で有ります、小嶋 基次 氏です。「親として今しておくべきこと」を演題にお話しされました。以前に一度お聞きした時に、そのお話しや、そこから感じる人間性に親近感を持った記憶があります。今回もその期待は裏切られる事も無く、充分に楽しく充実した時間を頂きました。
「前に詰めて下さい。」の案内に“素直”?に応じて、最前列の中央付近に家内と並んで座りました。最前列だった事から、先生のお手伝いをさせていただく事となり、小さな色紙を戴きました。
更に、以前にもお聞きしました、奇跡と運命との違い、一つだけならば“奇跡”でも二つ揃えばこれはもう“運命”だそうです。“運命”をクリックしてパワーポイントファイルをダウンロードして保存後、開いて下さい。スライドショーが始まります。
午後からは、学校評議員の会です。委員の皆さんや校長先生・教頭先生と一緒に全クラスを参観します。以前までの家族参観ならば授業参観が終わると、一日の授業は終わり一斉下校でした。国の教育指導要領の変更で、週休二日を守りつつ授業時間の確保を行おうとすると、今日の様な日もお弁当持参で、午後まで授業が有ります。お聞きした所、弁当持参なら「今日は、学校を休ませます。もちろん私も参観に行きません!!」と言われる保護者も居たとの事です。先程の小島先生のお話も、本当はこう言った保護者の方に聞いて頂きたいのですが・・・今日、参加された保護者の方には充分理解されて方だと思っています。これは、以前から議論されている事でもあります。
参観後の意見交換では、今回の一般質問でも取り上げた中で、特に非正規採用の問題で、現場での対応などをお聞きしました。PTA役員をさせて頂いてから何時も思うのですが、子どもと向き合いたいとの想いで“先生”になってもそれ以外の事に時間を取られ、子どもと向き合う時間が少なくなって行く事へのジレンマを感じます。それと少子化で児童数が減って行く事が解っている中で正規採用を増やせない都道府県の対応、非正規採用が雇用の調整弁としての機能を持たされている現状を垣間見る事ができます。先の補償が無い上に、正規採用よりも低い給与設定。これではその不安が子ども達に伝わってしまいそうな気がします。子ども達の未来に希望を与えるのも“親”と供に“先生”に課せられた使命だと思います。その先生に不安があっては希望を与える事は出来ないのではないでしょうか?町村ではどうにもならないジレンマを感じます。
夜は、長男も寮から帰って来た事もあり、三男の八歳の誕生祝いを行いました。まだまだケーキが嬉しい歳です。家族全員でのお祝いにご機嫌な三男でした。
2010.6.13(日)忙しい一日とはやぶさ帰還
朝から忙しい一日になりました。以前から水道の検針に来られた方から指摘をされていました、工場内での漏水修理です。予想通り、金型温調機内にある冷却水用の電磁弁の弁座劣化による漏水でした。しかも二機もあります。温調機本体のケースを外し、中にある電磁弁を取り出し分解します。案の定、弁座部分にキズが入っています。ルーダーで均等に削り取る事で修正します。二機とも同じ様に繰り返します。およそ2時間、以外に時間がかかってしまいました。その後、コンプレッサーからエアードライヤーに入るホースに亀裂がある事が発見され、これの交換を行いました。
午後からは翌日にある取引先の監査に備えて、事務所の片付けです。これが結構時間がかかってしまい、終了したのが夕刻です。その後、明後日にひかえた一般質問の原稿のチェックと再質問の検討です。一段落したのが22時頃、次男を迎えに行って本日の予定は終了、と思ったのですが一つ肝心な事を忘れていました。
朝6時頃に日本宇宙少年団からJAXA宇宙教育センターメールマガジンの転送を受信していたのです。その内容は、
お知らせ 【6/13】はやぶさ帰還! 6/13についに「はやぶさ」が帰ってきます。 JAXAでは、宇宙教育テレビの放送や 相模原キャンパスでのパブリックビューイングなど予定しております。 是非ご参加ください 宇宙教育テレビは2本立て! 第1部 12:45〜14:30 呉やまとミュージアムとつないでの生放送です。 第2部 19:30〜23:00頃 相模原管制室の映像や、関係者を交えて生放送です。 是非ご覧ください。 ☆彡宇宙教育テレビ(日本宇宙少年団サイト内) http://www.yac-j.or.jp/tv/ ☆彡はやぶさ帰還イベントなど http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/topics/2010/hayabusa_ev.shtml |
地球から3億km離れた「小惑星イトカワ」、なんと大きさは535×294×208mです。広い宇宙の中で、そこにたどり着き更に、そのイトカワの成分を持ち帰ると言うのです。月以外の惑星に着陸して地球に帰って来るのは、世界初です。
一般のテレビでの中継が無い事も有って(ワールドカップが無ければあったかも?)宇宙教育テレビをネット上で見ようと思ったのですが、アクセス集中と思われる障害でつながりません。
番組の最後になってやっと見る事ができました。はやぶさと供に地球に帰って来るライブ映像は見る事ができませんでしたが、その写真は確認出来ました。
そしてネット上では、地球に戻って来たカプセルを確認した写真も公開されました。私が小学生の時に見た、アポロ11号の月着陸の時の感動を思い出します。キット多くの子ども達もこれをきっかけに宇宙に興味を持ってくれるでしょう。これの持つ意味は日本にとって、将来大きな意味を持って来る事だと思います。
管制室にいた技術者の胸にはNECの文字が、今回大変注目されたイオンエンジンの紹介の所ではスリーダイヤモンドのロゴが胸に刻まれています。すでにイオンエンジンは、次のステップに入っているようです。日本には「強い経済」のためには「強い技術」も大切な事です。ただその組織を守る事が目的では無い事を肝に命ずる事です。
2010.6.12(土)第30回全国豊かな海づくり大会〜ぎふ長良川大会〜サテライトイベント 笠松みなと会場
第30回全国豊かな海づくり大会〜ぎふ長良川大会〜のサテライトイベントが笠松みなと公園で開催されました。事前の申し込みがありましたので、三男と一緒に参加申し込みを済ませていました。あらかじめいただいた凧に「ヤマリン」の絵を描いて持って行きます。
およそ100組の親子の皆さんと一緒に公園内の清掃を行った後、河川環境楽園自然体験館のスタッフの皆さんから環境に関する指導やゲームを行います。子ども達は、すぐにグループを作って実に楽しそうにゲームを通して自然環境を学びます。鮎の放流では、バケツの中に元気な鮎を数匹ずつ入れてもらって木曽川に流します。川に流されると「あっ!」と言う間に何処かに行ってしまう鮎を恨めしそうに探していますが、その無邪気な子ども達の顔は、何ものにも変えられない輝きに充ちています。
最後に「ヤマリン」を描いた凧をあげてイベントは終了しました。
海の無い県での「豊かな海づくり大会」が開催されるのは2007年の滋賀県琵琶湖大会が始めてだったそうですが、河川で行われるのは今回が始めてです。豊かな海を作るには、豊かな山林が欠かせない事は、皆さん周知の通りだと思います。特に都市部臨海地区の都市機能集中と山間部との格差の大きさは計り知れない物が有ります。私としては、今回の様な大会を通して、山間部と臨海都市部との交流が進み、相互理解が出来る事が最大の希望です。
2010.6.9(水)財産処分
木曽川橋西詰めの下を住まいにさえていた方がいなくなりかなり時間が経ちました。今日、その財産が岐阜県に於いて処分されました。
これまでの主がいなくなり、そこに残された物は崩壊し川辺に散乱した状態でした。更に、財産を持ち去る者まで現れる有様です。6月8日には、散乱していた一部を元に戻し、ビニールシートが掛けられていました。そして今日、撤去となったようです。
これで、木曽川橋下流側に有る、パターゴルフ場駐車場から笠松みなと公園へのアクセスが信号を使うことなく、安全に行える様になります。それには看板の整備や、川上側の取付道路への階段設置の検討は必要かも知れません。いずれにしても少し残された残土の処理と清掃が必要です。やっと整ってきたみなと公園の有効活用には必要な事だと考えています。
2010.6.8(火)私のコレクション「懐かしの映画パンフレット(外国映画)
笠松町歴史民俗資料館では、私のコレクション「懐かしの映画パンフレット(外国映画)を開催しています。これは小川圭治さんが集められた映画パンフレットと所蔵されるビデオ・DVDが展示されています。小川さんは以前に自動車ディーラーにお勤めになっていた事もあり、私のコレクションで車のカタログを展示された事も有りました。
今回もご自分で映画を見た時に、購入されたパンフレットの展示です。会場の入口にも当時の事が書かれていますが、若かった頃は、一ヶ月に1日と15日の2回しかない休日には映画館がどこも満員であった事、そこで買ったパンフレットを繰り返し読むのが大変楽しみであった事を回顧されています。
小川さんの息子さんとは中学時代の同級生で柔道部も一緒でした。そんな頃の映画のパンフレットもあり、とても懐かしい想いで拝見させて頂く事が出来ました。皆さんも“あの頃”に帰って見ませんか!!
2010.6.7(月)経過報告3
2月8日から始めました、身体改造計画経過報告第三弾です。ここに来て体脂肪率と体重の変化に違いが出てきました。ほぼ同じ様に右肩下がりのグラフを描いていましたが、体脂肪率の方に少しブレーキが・・・でも体重は順調に下がって来ました。更に血圧も降下してきました。
日によって随分違いが有るのですが、4kmの道のりが近く感じられたり、やけに遠く感じられたり。無理をせず、ゆっくりと走っています。最近は途中でよく声を掛けていただける様になりました。ありがとうございます。
2010.6.6(日)田中勝士後援会役員会
次期県議選まで一年を切り、この一年間の後援会組織のスケジュール案が決まりました。今後行われます総会にかけられ決定し、動き出す事になります。
皆さんのご協力をお願いいたします
2010.5.1(土)笠松を語り継ぐ会総会
2010.5.2(日)〜3(月)キャンプ
2010.5.9(日)経過報告2
2010.5.13(木)危険箇所マップその後
2010.5.15(土)「ぎふの『おばば』集合!」
2010.5.15(土)小島先生を囲む会
2010.5.16(日)岐阜工業高等学校同窓会総会2010
2010.5.22(土)笠希な集い21
2010.5.25(火)事件?!
2010.5.27(木)園庭の芝生
2010.5.27(木)町老連「余技作品展」と笠松町青少年育成町民会議家庭部会
2010.5.27(木)町老連「余技作品展」と笠松町青少年育成町民会議家庭部会
今年度二回目の家庭部会が中央公民館で行われました。事業を始めて5年目を迎へ、4冊目の冊子の発行を計画中の「二分の一成人式」について話し合いが行われました。
一昨年・昨年と冊子を配布した皆さんへアンケート調査を行って来ました。一昨年は、調査方法が悪かったのかアンケートが全く戻って来ませんでした。そこでアンケート用紙の配布方法と内容を精査し、昨年度実施したところ多くの回答をいただきました。主なご意見は以下の様です。
その外にも、「父親の参加を」・「個人情報に配慮を」・「他人に読まれると思うと書きづらい」・「本当の成人式で配布してはどうか」・「成人式を迎える自分への手紙にしてはどうか」等、積極的なご意見を数多くいただきました。
多くの製本や印刷などについてグレードアップして欲しいとのご意見もいただきました。夏休み中に親子で手紙のやりとりをして頂き、それを原稿としていただき、夏休み終了後に回収、家庭部会員が全員で読み合わせ、内容を精査した後、事務局で印刷していただきます。それを部会員全員で帳合しホッチキスで製本します。21年度の場合、町内の4年生ほぼ全員から応募いただきましたので、予備と保管用も含め120頁ほどの冊子を300部作製します。笠松小学校と松枝小学校の帳合機をお借りして10枚分毎帳合、それを並べて一冊に上げてホッチキスで留めて製本します。本当の手作りで作製しています。皆さんから、製本のグレードアップのご意見をいただくと同時に、部会員の中でも同じ様な気持ちがあります。しかし始めた時の基本コンセプトは、家庭部会の「家庭の日」を啓発する事業として何か無いかとの事から始まっています。多くの家庭があり、その家庭の分だけ様々な状況がありますので、ひとくくりにして行うのは焦点がぼけてしまうので、視点を絞ってそれを続ける事で町全体に広げたいとの気持ちで始めたのです。決して強制では無く、趣旨を御理解いただいて参加して頂ける家庭が増えて行けば・・・それとアンケートにも頂いた様に、本当の成人式でも渡す事が出来たらとの思いです。書いた時は“子ども”という立場、でも成人式を迎える頃には、“親”の立場が近づいています。すでに“親”になっている方もいる事でしょう。そこで生まれる“親”への感謝と“親”になる責任と自覚。こんな地道な、繰り返しの連鎖が自立した地域づくりの一歩だと感じています。だからこそ“手作り感”を出して行きたい。との想いがあるのも事実です。
戴いたアンケート結果とその後の取り組みについては、次回発行の第4号に掲載できないかと部会で検討しています。今後も「二分の一成人式」の事業にご理解とご協力をお願いいたします。
27日の午後、国民健康保険運営協議会が行われ、終了後に町老連「余技作品展」を見学させていただきました。毎年の事ですが力作揃いで感激致しますが、それより何より、今年は会場で笠松町の未来とまちづくりについて熱く語り合う事が出来た事が、最大の収穫でした。どこでも多くの事学ぶ事が出来ます。ありがとうございました。
2010.5.27(木)園庭の芝生
財団法人笠松町地域振興公が運営しています、松枝保育所と第一保育所に有ります、園庭の芝生が昨年の実験期間を基に拡大されました。松枝保育所では、5月21・22日で、昨年の実験範囲のおよそ六倍、園庭全体の三分の一程に拡大、第一保育所では4月28日に苗だけ購入して皆さんでポット植えをし、園庭の半分ほどに拡大されました。今後の下水工事、送迎用搬入路の整備を終えた後に園庭全体に拡大するとの事でした。第一保育所は、特に三歳未満児が中心で有るだけに外遊びが一層安全に楽しくできる様になると思います。転げ回る子ども達の姿が想像されます。秋口にウインターオーバーシードのお話しをし、年間を通した緑の芝生化をご提案しました。
左上:第一保育所園庭 右上:松枝保育所
左下:昨年鳥取方式で芝生化した 右下:昨年の松枝保育所の芝生化実験
岐南町さくら保育園
2010.5.25(火)事件?!
笠松駅脇の地下道を通りがかった時です。時間は17時頃、けたたましい警報ベルの音が聞こえます。走って降りて来ますと、反対側から「ふらっと笠松」の職員の方も来られました。「川島さん、そのボタン!!」と言われ、警報ベルの押しボタンを引き、警報ベルの音を止めました。ふと、足下を見ると笠中の通学鞄が転がっています。一瞬、不吉な思いがよぎります。職員の方と一緒に取りあえず鞄を「ふらっと笠松」まで運んで、よく見ると学年、クラス、氏名が書かれています。笠中へ電話をしていると、鞄の持ち主らしき中学生がガラスの向こう側に立っています。駆けつけた教頭先生と事情を聞くと、鞄は下校時に自転車から落ちたとの事。警報ベルとの関連はないと事でした。何故、ベルが鳴ったかは不明でしたが、事件ではなかった様で、安心しました。職員の方も、ベル音を聞いて、訪れていたお客さんに留守をお願いして、急遽駆けつけたとの事。こんな時にも「ふらっと笠松」が有効に働く事が実感できました。
2010.5.22(土)笠希な集い21
多くの皆様のご支援に支えられて21回目の「笠希な集い」を開催する事が出来ました。今回は、田中県議を始め、夏の陣へ立候補予定されている先生の秘書の方も、ご挨拶に来て頂きました。お忙しい中、最後までお聞きいただいた上に、後片付けまでお手伝い頂きました事、ありがとうございました。
また、参加された皆さんからは、多くの提言、ご意見をいただきました。今後の議員活動に役立てたいと思っております。中学時代の同級生も顔を見せていただき、感謝致しております。皆さん本当にありがとうございました。
2010.5.16(日)岐阜工業高等学校同窓会総会2010
昨年6月、第一回同窓会総会実行委員会を開催してから1年、ついにその当日がやってきました。準備にかかった膨大な時間と人、それも総て母校を思えばこその“志”だったと思います。そして目標達成し、更に当日の参加者の多かった事、総ての苦労が報われた瞬間だったのではないでしょうか!
そして今年度も母校の部活動へ、ものづくり支援へと多くの援助を行う事が出来ます。
「深まる絆 更なる飛躍へ」とスローガンを定め、恒例の講演会講師に板東英二氏を据えての活動になりました。本当にたくさんの方にご参加いただき、感謝申し上げます。
板東氏のご講演は、実に楽しく実感のこもった物でした。総会資料にあります、板東氏からのメッセージには、
『人生も終焉を迎えつつある自分を省みるに、経験ほど尊い学問はない。机上で学ぶことを実践に移すときの己の無能さ、はがゆさ、努力、練習の空しさこそ、いずれ自信と変わるものです。
現実を冷静に見つめること、自分とその位置を知ることこそが重要である。身体のハンディを頭脳でカバーすることこそが、人間に与えられた神からの贈りもの。その頭脳を錬える手段に最適なものはテレビ等の報道に対する疑問が大切です。番組を見ながら「それホント!?」「貴男はその場にいたの!?」違うチャンネルを見比べてみると温度差がある。幼い頃に生まれ変わって、「ナンデ?」「ドゥシテ?」と、しつこく聞くことこそが頭脳を活性化し、ボケ防止になる。人生のテーマ、元気でお迎えを待つ方法は何か?』
広い視野で柔軟な頭をと言った事だったでしょうか。
私としても、同級生に会う事が出来、後二年後に迫ってきた総会実行委員会の当番年次を再確認出来た事が最大の収穫でした。
2010.5.15(土)「ぎふの『おばば』集合!」
笠松町文化協会二十周年記念イベントとして 笠松町中央公民館大ホールで「ぎふの『おばば』集合!」が行われました。三男を連れて一緒に見てきました。
笠松町内では、春まつりの御輿の後に必ずやってくるのが「おばば」で「“おかめ”“ひょっとこ”のお面と白粉を塗った酔っぱらいの集団」と言う認識がかなり強く印象に残っています。
今日のイベントでも宮川町・県町・上柳川町の皆さんによる「おばば」が披露されました。笠松町と同じ様に「おばば」の発祥の地として盛んに「おばば」を行っている揖斐川町のそれは、全く違った感じで、地域による違いをはっきり感じる事が出来ました。
旧藤橋村では、太鼓を首から下げてゆったりとした歌と動作で踊る姿を拝見する事が出来ました。岐阜市からはお座敷歌として岐阜芸妓組合長 璋富佳那恵さんによる優雅な「おばば」も始めて拝聴致しました。これは、レコードでも出された「ぎふおんど」として岐阜の宣伝に使われた事で岐阜の「おばば」が定着したとの事でした。
「おばば」の研究をされている 服部 克己 先生もパネラーとしてご出演され、多くの事を知る事が出来ました。最後のまとめの中で「“伝承”つまり受け伝えるだけでは無くなって行ってしまう。“伝統”になってこそ後世に残って行く事ができる。伝統こそが革新であるから。その意味で、揖斐川町の皆さんが「おばば」のオペレッタを企画された事はすばらしい」と話されました。
それは、何時も私が言う「伝統は革新の連続だ!!」そのものだと感じました。
最後に場内、全員で「おばば」を合唱して幕となりました。
2010.5.15(土)小島先生を囲む会
羽島郡四町教育委員会時代から三町、二町への変遷を二期と半年の間、教育長として羽島郡の教育を支えて下さっていました、小島理生先生が3月31日をもって教育長を退任されました。私達、笠松中学校3年C組で担任をして頂いていました同級生を中心に、急遽「小島先生を囲む会」を行う事といたしました。皆さん忙しい中、急な連絡にもかかわらず多くの同級生が集まってくれました。
小島先生退任祝いとあって、いつもは出かけられない同級生も久しぶりにその顔を見せてくれました。時間の経つのも忘れ、おしゃべりに華が咲きました。
多くの仲間達と今でも支え合える環境を 中学生の時に作って頂いていたのだと、今になって解るのです。
2010.5.13(木)危険箇所マップその後
平成20年度に笠松中学校PTA校外委員会で調査し、平成21年10月6日付けで笠松町内の三小学校と中学校で「笠松町危険箇所マップ」として改善要望を町長に提出させていただきました。
それから出来る事はすぐに実行していただいてきました。特に私の「見聞録」でも2009.11.10付けでご紹介させていただきました、下羽栗保育所送迎用駐車場等がそれです。更に笠松小学校西側の道路沿いに有った崩壊家屋の撤去には、地元の皆さんのご尽力もあり無事、撤去されました
今回は、下羽栗地区で何時も問題になっていました、「JR高架下」の暗闇問題です。昨年笠中PTA会長・役場建設課・総務課と私で現地確認を行った事を2009年12月1日の「見聞録」で紹介させていただきました。
今日、街灯1基追加完了しました連絡をいただきました。早速に確認しましたところ、かなり明るくなっていました。
こうして住民活動と、行政が協働で進めて行ける体制が最も望ましいと考えています。
2010.5.9(日)経過報告2
4月にご報告致しました、身体改造計画の中間報告第二弾をいたします。二十代頃の様にすぐに体重が減ったりサイズダウンが出来たりはしなくなりましたが、体に無理が無い程度に少しずつ成果が出てきました。
始めはおよそ4kmの道のりを1時間程かけて歩いていましたが、現在ではほぼ全行程をゆっくりとしたジョギングで、30分を切る時間で帰って来られる様になりました。4kmの道のりの中では、木曽川右岸堤防の5回登り下りと歩道橋・地下道を通る事で合計7回の登り下りの負荷をかけています。4月30日からはジョギング終了後に腕立て伏せと腹筋運動をゆっくりと行っています。
腰痛や肩こりなどの症状も楽になって来た様な気がします。後はいつまで続ける事が出来るかが問題です。
何処かで私を見かけたらお気軽にお声をかけて下さい。それがキット続ける力になると思います。よろしくお願いいたします。
2010.5.2(日)〜3(月)キャンプ
今年で5年目を迎えた奥琵琶湖知内浜でのキャンプです。今年は仕事の関係で参加出来なかったメンバーに変わり、友人が二組の家族を連れて来てくれました。何時もと違うメンバーになると何時もと違う事は体験出来ます。
楽しみの夕食でもダッジオーブンで焼く手作り生地のPIZZA、クリスピーの様な薄い生地、お餅の様にふっくらと柔らかい生地などとてもおいしくいただきました。いつも友人が作ってくれる、手羽先のコーラ煮、更に今回は、県民ショーで紹介されたホットドッグとネギの酢味噌和え、これは最高でした。
私は、数日前に見たカツオの燻製とスペアリブのメイプルシロップ焼き。スイーツにバナナとチョコレート、マシュマロのホイル焼きと苺のホイル焼きメイプルシロップかけです。どちらも好評で良かったです。
今回、初めて体験したのがカヌー体験です。私の二年生三男も一人で乗船し、マンツーマンでの指導にチョットショックだったようですが、無事に帰って来ました。
2010.5.1(土)笠松を語り継ぐ会総会
NPO法人になった「笠松を語り継ぐ会」の初めての定期総会が杉山邸で開催されました。初めての事で、多くの指摘事項をいただいた様ですが、総て議決承認され新しい年度が始まりました。
杉山邸を寄贈していただきました、岐阜新聞会長の杉山さんにもご臨席賜り、一言ご挨拶を頂く事が出来ました。修復が完成した土蔵では萩原さんとお孫さんとの絵画展が開催されています。5月9日までですのでお早めに!!
2010.4.1(木)お奴練習
2010.4.2(金)米山公啓 氏が笠松で熱く語る
2010.4.3(土)松枝保育所入所式
2010.4.4(日)長男引越
2010.4.11(日)笠松春まつり
2010.4.14(水)歴史民俗資料館 企画展 旅に生きた絵師「蓑虫山人」
2010.4.16(土)経過報告
2010.4.17(土)恩師宅訪問
2010.4.22(木)笠松町青少年育成町民会議総会
2010.4.23(金)「笠松大名行列お奴」臨時総会
2010.4.24(土)岐阜シティー・タワー43
20104.25(日)パソコン異常
2010.4.27(火)笠松町春季戦没者慰霊祭
2010.4.30(金)岐阜工業高校同窓会会報委員会
2010.4.30(金)岐阜工業高校同窓会会報委員会
岐阜工業高校同窓会会報委員会で編集していました49号の編集・印刷が終わり反省会を行いました。私は、仕事の関係で一時間半程遅刻してしまいましたが、皆さん待っていていただき、合流する事が出来ました。
今年始めて会報委員会に参加させていただき、原稿もかく事が出来ましたのも諸先輩方のご指導の賜と感謝致しております。
2010.4.27(火)笠松町春季戦没者慰霊祭
今年の春季戦没者慰霊祭はあいにくの雨模様。私が議員をさせていただく様になって11回目ですが、雨は二度目です。松枝公民館に作られた慰霊塔に向かって「不戦」の誓いを新たにしました。
奇しくも、現政権下では、沖縄の基地問題で大揺れです。私も30年程前、電機メーカーの技師をしていた時に沖縄市にある嘉手納基地の滑走路延長線上にある沖縄市清掃工場に定期点検に伺った事が有ります。その低く作られた排気煙突の排ガス分析装置のセンサーの点検をしていると、立ちあげって手を伸ばせば届きそうな所を飛んでいくF15戦闘機の爆音とその姿に恐怖を感じながら仕事をしたのを覚えています。その時に清掃工場までの道沿いには、「米軍施設立ち入り禁止」の看板・「不発弾注意」の看板と「戦争は終わって無い!!」と感じたのを鮮明に覚えています。
慰霊祭に参加されている方は総て「不戦」の誓いに来られているのに違いないと思います。その「不戦」の誓いと現実のと乖離に今回の難しさがあると考える事が出来ます。先ずは現実の確認を国民全体ですべき時が来ています。
20104.25(日)パソコン異常
友人と一緒に買ったDELLのPC。友人から電話で、異常が発生したので見てもらえませんか?と問い合わせが有り、彼の奥さんが私の事務所に来られました。早々に自宅に伺い、電源を入れ、Windowsの起動画面になると突然、真っ青の画面になりメモリ異常を伝えて来ます。別の友人に相談して見ると、メインメモリの異常ではないかとの事でした。私の事務所で本体裏側のねじをゆるめ、メインメモリを交換してみると正常に立ち上がります。「ホット」して友人の自宅に持って行くと異常を発生します。バッテリー?ACアダプター?電源電圧?と調べて行く内に判明したのは、彼の自宅だけ起こる事。そこから推測できるのは、前日に設置した無線LANの親機。これは子どもがゲーム機で利用する為に設置したのですが、これの電源が入り無線通信が始まるとメモリ異常でダウンする事が判明。取りあえずパソコンでネット接続すると時には有線LANを利用し、ゲーム機では無線LANを利用する事をお話ししました。私としても、相談して友人としても始めての事で、判明するまでに半日ほどかかってしまいました。
2010.4.24(土)岐阜シティー・タワー43
岐阜シティー・タワー43へ三男を連れて行って来ました。自宅からみなと公園を通って笠松駅まで往復を散歩していましたら、三男が「電車に乗りたい!!」と言うので名鉄電車に乗って岐阜まで。信長像と岐阜シティー・タワー43のスカイラウンジ展望室へ昇って来ました。
駅前広場ではイベントが開催され、賑やかな様子でしたが岐阜シティー・タワー43の中のショップには人が少なく、少々淋しい感じでした。スカイラウンジ展望室での眺めは最高で、余り高い建物が無い岐阜市周辺では遮るのは金華山ぐらいで、東方〜西方に向けては金華山山頂からの眺望そのものでした。
2010.4.23(金)「笠松大名行列お奴」臨時総会
笠松町役場四階大会議室で「笠松大名行列お奴」臨時総会が開催され、平成22年度事業計画案と予算案が議決されました。
今年度、「笠松大名行列お奴」保存会を地域で子ども達を育成する団体として、紹介したいとのご提案をいただきました。
2010.4.22(木)笠松町青少年育成町民会議総会
笠松町青少年育成町民会議総会が笠松町中央公民館で開催されました。優秀な地域活動を展開された、田代東町内会・笠松中学校などの皆さんの表彰が行われました。
今年度から新しく着任されました、羽島郡二町教育委員会 宮脇教育長が「我が子を私達家族の宝物だよ」と言って抱きしめた事が有りますか?とのお話しがありました。子どもは愛されているという安心感の中でこそ育む事ができると私も感じています。
総会の後、私の所属する「家庭部会」が開催され、部会長・副部会長が互選、年間の事業計画が話し合われました。今年度も「二分の一成人式」事業を引き続き行う事となりました。更に昨年度第三回を実施した時に戴いたアンケートが帰って来たとの事で、次回はそれを読んで今年度の実施計画に反映させたいと考えています。どんなご意見をいただいたかは、拝見した時に見聞録でお知らせしたいと考えています。
2010.4.17(土)恩師宅訪問
私が松枝小学校5〜6年生時の担任だった、安藤隆先生が昨年退職されました。昨年から「是非、退職祝いの同窓会を!!」との声が同級生から上がっていましたが、なかなか進みませんでした。今年こそはと有志とで先生宅を訪問する事となりました。
大学を卒業して初めての担任として私達を受け持っていただいた事、更に大学時代の研究のために学生時代から松枝小学校に通っておられ、赴任される前からお互いに良く知っていた事など、先生宅で思い出話しに花が咲き、気が付くとすでに昼食時間、先生ご夫婦と一緒に食事に出かけて更にゆっくりとお話しさせて頂きました。もちろん近く卒業40周年を迎え、先生の退職祝い同窓会の開催を目指す事になりました。
子ども達にとっての先生との出会いの大きさを、身をもって実感した一日になりました。
2010.4.16(土)経過報告
2月8日(月)一念発起、生活習慣の改善に取り組む事に致しました。それからおよそ二ヶ月、体の動きも軽くなりウエストも-5cmとなりました。
これまでの経過を公開し、自分にプレッシャーを掛けて見たいと思います
2010.4.14(水)歴史民俗資料館 企画展 旅に生きた絵師「蓑虫山人」
「蓑虫山人」のお話しを歴史民俗資料館でお聞きしてから3年程が経つでしょうか?暖めていた企画展がやっと開催される事になりました。
蓑虫山人は、天保7年(1836)美濃国(岐阜県)安八郡結村に生まれ、14歳から放浪の旅に出ます。「放浪の絵師」「勤王の志士」など多くの顔を持つ山人です。身の回りの物を笈で背負い48年のも間、旅を続けます。その中で笠松の円城寺界隈に滞在した時に描いた物など多くの作品が展示されています。その水彩画の様な技法は、日本画とも違う、何ともさわやかな印象です。また、作品中に自分自身が描かれているのはとても愉快です。
是非ご覧下さい。
2010.4.11(日)笠松春まつり
今年は、次男に加えて三男も「大名行列お奴」に出ると言うので、私も参加させて頂く事といたしました。まつり当日の朝は思わぬ“雨”、田代中の子ども御輿の中止を決めた途端に雨があがり、曇りながら何とか天候が回復、パレードは中止されたものの大名行列お奴は開催する事になりました。
昨年中学3年生で「大名行列お奴」へ参加し、今年高校へ進学した方が「案内があれば今年も参加したかった」と言っていた事を担当部局へ伝えました。中学卒業後の地域との関わりが希薄になる時期にこそ、ダイレクトメールを送って参加を促してはどうでしょうかと提案致しました。
2010.4.4(日)長男引越
明日、5日の大学入学式を前に学内にある寮への引越をしました。家族全員で引越をする事に渋る次男を説得するのに一時間、とにかく全員で引越する事が出来ました。渋る次男の気持ちは手に取る様にわかります。「行きたいけど行きたくない。淋しいけど淋しくないと思いたい」
トラックに長男と私、家内の運転する乗用車に次男と三男。寮に着くまでの車の中で泣いていた次男。そしてトラックの中では長男とゆっくり話しをする事が出来ました。
先生を目指して大学に進んだ長男。小学校二年生の時から「夏休みの宝物」づくりで一緒に取り組んだ「ペットボトルロケットの研究」がきっかけで多くの人との出会いの中で理科の先生になりたいと思った事。それは「夏休みの宝物」づくりの中で長男に教えたかったが伝わったと感じた瞬間でした。父親としてとても嬉しかったのを覚えています。私の気持ちや考えが次の世代に伝わり、そしてもし先生になったらそれが、その教え子達にも伝わる事。これが「未来」を作る事なのかも知れません。
子どもを育てる事は「未来」を育てる事、そして「楽しい」事だと思いませんか?「子育て支援」として“子どもを預かります”・“お金を出します”・“医療費を無料にします”。確かに「支援」ではあるけれど本当にそれで良いのでしょうか?それらの「支援」は、子育ては「大変だ」「辛い」と言う事を前提にしていませんか?それより子ども達と一緒に「汗」をかく事の楽しさや「未来」を作る事の楽しさを「支援」すべきではないでしょうか!「親」になる事の楽しさやすばらしさを「支援」する方向性になって行くべきだと思いませんか。
部屋の片付けが終わる頃、寮の先輩から呼び出された長男・・・神妙な顔で帰って来ました。これから新歓コンパだそうです。
家に帰ってから次男に「今日は一緒に来てくれてありがとう!」と言うと「うん」と言った笑顔は最高でした。それでも長男がいなくなった家の中は淋しいものです。
2010.4.3(土)松枝保育所入所式
松枝保育所の入所式が行われ、来賓として出席させて頂きました。今日、入所した子達が三年後には、先週行われた卒園式が出来るまでに成長するのです。その成長の大きさが子育ての醍醐味なのかも知れません。おそらく保育士の先生方もそれが解っているのかも知れません。
2010.4.2(金)米山公啓 氏が笠松で熱く語る
笠松町婦人会・赤十字奉仕団笠松分団の主催で「米山公啓 氏が笠松で熱く語る」と題し、若さを保つ秘訣や痴呆にならない秘訣を熱く語って頂きました。その内容もさることながら、「私の話を聞くより“会長さん”のお話しを聞いて頂いた方がためになるかも!」のお言葉で会場を大爆笑へ・・・楽しく充実した時間を頂きました。
2010.4.1(木)お奴練習
平成22年度の初日、議会の正副議長選挙、新任職員挨拶とあわただしく新年度がスタートしました。
そして、今年も笠松春まつりで披露される「大名行列お奴」の練習が始まりました。今日からおよそ10日間連日、19時半から役場駐車場で行われます。
私の次男も2005年の時から参加させて頂いて、6度目の参加となります。毎年それを見ていた三男も2年生になり、練習の無い「鉄砲」の役で参加する事になりました。こうして中学校までは、地域に参加する事業が多く有るのですが、高校になると途端に地域との繋がりが希薄になります。そして運良く彼らが結婚して子どもが生まれ、その子が社会参加するまでそのまま希薄な状態が続きます。以前ように「青年団」も活動休止、「消防団」に対す理解も希薄になりつつある中、「まつり」の復権による地域社会との繋がりの維持が、こうした幼い頃からの参加が功を奏する一因になっていく兆しが、見えて来た様な気がします。
2010.3.9(火)笠松中学校卒業証書授与式
2010.3.15(月)子どもが作るお弁当の日
2010.3.20(土) 杉山邸「土蔵」の完成式
2010.3.24(水)年度末
2010.3.25(木)松枝小学校卒業式
2010.3.26(金)松枝保育所卒園式
2010.3.27(土)今後の地方活性化に対する意見交換会
2010.3.29(月)笠松町生誕120年記念モニュメント時計及び公園銘板序幕式
2010.3.29(月)笠松町生誕120年記念モニュメント時計及び公園銘板序幕式
みなと公園に笠松町生誕120年記念モニュメント時計と公園銘板が完成し、松枝保育所、下羽栗保育所の園児80名も一緒に参加し序幕式が行われました。
およそ10年の歳月を掛けて完成したみなと公園、その完成が笠松町生誕120年記念の年と重なった事もあり、モニュメント時計や生誕120年記念銘板の整備となったわけです。
園児の元気な歌声で式典を締めくくって、町長・議長と園児達が一緒に時計塔の序幕を行いました。
午後からは、長野議員・田島議員とぎふ羽島ボランティア協会への視察を行いました。来年度から笠松町では子育て支援の一環として病児・病後児保育やファミリーサポートサービスなどで連携を行う事もあって現地を含めて拝見させていただきました。
ぎふ羽島ボランティア協会の責任者の川合さんは私と同じ岐阜工業高校工業計測科の卒業で川合さんも私のことをご存じだった様で、先に話しかけられました。
協会の歴史や成り立ち、今後の計画などをお聞きした後、かみなり村を拝見しました。広い庭には楽しそうな遊具や陶芸釜、足湯まであります。建物は木造でとても暖かな雰囲気をかもし出しています。子ども達が安心して利用出来る環境が整っています。
人口22,000人程の笠松町だけでこれだけの施設、陣容を整えるのは得策ではありません。広域ネットワークの最大限の活用が最も有効な政策だと考える事が出来ます。その上で、笠松町での窓口をどう整備して行くのかが今後の課題でもあります。ここでNPO法人等の検討が有効なのかも知れません。
モニュメント時計序幕式の前に、笠松町職員退職者の挨拶がありました。会計管理者、理事、部長とそれぞれ地方自治の一翼を担って来た方々です。今後も続々と「団塊の世代」と言われる方が退職されます。これまで築き上げられた物を土台に、新たなシステムを構築するチャンスと捉えて進んで行きたいものです。
2010.3.27(土)今後の地方活性化に対する意見交換会
羽島郡町村議長会主催により北方町の議長、副議長を含めた形で、岐阜県第三選挙区選出衆議院議委員 園田やすひろ代議士との懇談会が笠松町中央公民館で開催されました。今回で二回目になりますが、私は第一回目は所用で参加出来ませんでしたので今回が初めての参加となりました。
各町からそれぞれ、地域主権や財政問題に対して要望や意見が積極的に提供され、園田代議士は一つ一つに対応されていました。
終了後、所用で欠席された岐南町副議長と園田代議士をを除いて、岐南町議長、北方町正副議長、笠松町正副議長で昼食をご一緒させていただきました。
今後も、岐阜市周辺で残った「町」として三町で連携を図って行くことを確認して解散となりました。
2010.3.26(金)松枝保育所卒園式
松枝保育所の卒園式に出席させて頂くには10回目になるでしょうか?(もちろん来賓としてですが)民営化して二度目の卒園式は大きく様変わりしました。今までは、舞台を正面に腰掛けていた卒園児を親たちは後ろから見つめる形でした。今回は対面に座り、親たちにその姿を存分に見てもらえるようになっていました。三年前には、その膝に乗り抱きついて離れなかった子が、大きく成長した姿を目の当たりにし、溢れる涙を見つけると「あったかい」気持ちになる、この一瞬が好きです。親も、子ども達も「この涙を忘れないでほしい」と心から願うばかりです。
民営化を懸念する声をお聞きする事もありましたが、関係各位の努力で順調に進んでいる様に思っています。特に園内調理になった給食は、評判がいいようです。学校給食センターで小中学校給食と一緒に作っていた時よりも、きめ細かな対応が出来ていると思っています。平成22年第1回定例会一般質問で給食について取り上げた事もあって調査しました所、一食あたりのカロリーも目標値(赤線)を下回ることなく作られており、学校給食センターの提供するそれと大きな違いを示していました。(詳細は議会報告をご覧下さい。)
写真を右クリックして、卒業生達の歌声をダウンロード保存してお聞き下さい。 Mp3ファイル(521KB) |
今年も卒業生達の「夢」を見てやって下さい。
・いろんなことに挑戦できる人になりたいです。そのため恥ずかしがらず、何事も進んで立候補したいです。
・バスケットボールのプロ選手になりたいです。毎日ドリブル練習をして日本のJBLで活躍したいです。
・あ花屋さんになりたいです。毎日、笑顔でいろんな人と接し、きれいなお花で喜んでもらえるようにしたいです。
・日本を代表するプロ野球選手になります。そしてWBCに出場し、勝利投手になって優勝とMVPをとります。
・犬専門のトリマーになりたいです。お客さんの思い通りに犬の毛をカットしてお客さんと犬を喜ばせたいです。
・看護師になりたいです。日本だけではなく、外国へ行って、苦しんでいる人を助け、幸せにしたいです。
・料理人になりたいです。食べた人が笑顔になってくれるような料理を作って、有名になりたいです。
・病院の看護師になりたいです。患者さんに早くよくなってもらうためにも、優しく看護をしたいです。
・花屋さんになりたいです。花の名前をたくさん覚えてお客さんにきれいな花を買ってもらいたいです。
・世界一の企業をつくりたいです。たくさんの従業員をやとい、その人達の生活をよりよくしたいです。
・プロゴルファーになってマスターズに出場したいです。やるだけでなく見る人も楽しくなるコルフをしたいです。
・誰にでも優しく接したいです。困っている人がいたら、積極的に声をかけて助け、笑顔にしてあげたいです。
・まん画家になりたいです。本や他のまん画を見て研究し、おもしろくて笑ってしまうまん画を描きたいです。
・世界中の国や島を冒険したいです。いろんな国の人々と交流し、その国の文化やすばらしさを知りたいです。
・人の役に立てる人になりたいです。困っている人を幸せにできるように、人の気持ちを理解してあげたいです。
・世界に自まんできるような事をしたいです。そのために、たくさん勉強し、いろいろなことに挑戦します。
・看護師になりたいです。病気やけがで苦しんでいる人を助けて、その人が幸せな生活が送れるようにしたいです。
・まん画家になって、みんなが共感してくれるような話を描きたいです。そのために、たくさん投稿します。
・必ず患者さんを救える医者になりたいです。そのために、今から医りょうについて勉強したいです。
・動物病院に勤めたいです。動物の悪いとこうを早く治し、家族に早く会わせて喜んでもらいたいです。
・自分の犬とドッグショーに出場し、優勝したいです。そのために犬と一緒に特訓をして犬とのきずなを深めたいです。
・医者になってたくさんの人の命を救いたいです。そのために難しい勉強もくじけずにがんばりたいです。
・体育の先生になりたいです。そのために毎日ランニングし、他のスポーツもがんばってやっていきたいです。
・保育士になりたいです。小さい子たちに優しく教えたり、遊んだりして、好かれる保育士になりたいです。
・ノーベル科学賞を取りたいです。そのためにいい高校や大学に行って、勉強にしっかり取り組みたいです。
・歌手になりたいです。子どもからお年寄りまで幅広く楽しみ喜んでもらえるようなアイドルになりたいです。
・プロ野球の選手になりたいです。そのためにランニング、素ぶりなどを毎日忘れずやり、必ず夢をかなえたいです。
・農業をしたいです。米だけではなく牛やにわとりなどを飼育して、皆に安全な食べ物を届けたいです。
・医者になって困っている人を助けたいです。そのためにたくさん勉強をしていろんな知識を身に付けたいです。
・作家になって様々な人に本を読む楽しみを届けたいです。そのために本をたくさん読んで勉強したいです。
・パティシエールになりたいです。世界中の人々にケーキを食べてもらいみんなの笑顔も作りたいです。
・総理大臣になり、日本を世界一幸せな国にしたいです。そして、日本だけでなく、世界も変えていきたいです。
・おいしいお菓子を作りたいです。それをたくさんの人に食べてもらい、幸せな気持ちになってもらいたいです。
・プロ野球選手になって活躍し、家族に恩返しをしたいです。そのために、毎日練習を続けていきます。
・プロ野球選手になって人気のある選手になりたいです。そのために、毎日素振りやランニングをします。
・当たり前のことが当たり前にできる。そして、人の役に立つことのできる優しい人になりたいです。
・優しい人になりたいです。誰にでも思いやりをもって、たくさんの人に優しく接していきたいです。
・小説家になりたいです。わたしの書いた本がたくさんの人に読まれて、笑顔になってほしいです。
・保育士になりたいです。そのために誰にでも優しく接し、自主的に勉強も取り組んでいきたいです。
・ピアノの先生になりたいです。そのために、毎日空いている時間を見つけて、一生懸命練習したいです。
・プロ野球選手になって、たくさん活躍したいです。そのためにたくさん練習をしてがんばっていきたいです。
・優しい人になりたいです。友達が困っていたら助けて、友達から信頼されるようになりたいです。
・マジシャンになりたいです。いろいろな国々で活躍して、たくさんの人々を喜ばせてあげたいです。
・私は思いやりのある優しい人になりたいです。誰にでも優しく接することができるようになりたいです。
・お世話になった人に恩返しをするために、バスケットボールプレーヤーとして活躍していきたいです。
・プラモデル作りの職業に就きたいです。そのために、毎日学校の宿題以外にも、家でたくさん勉強をします。
・パティシエールになりたいです。みんなに好かれるケーキを作り、食べた人が幸せになれるようにしたいです。
・優しい人になりたいです。そのためには日常生活の中でささいなことでも人が因っていたら助けたいです。
・鳥獣保護区の責任者になりたいです。傷ついている鳥などの治療をして、また自然に戻してあげたいです。
・人を支えられるようになりたいです。自分が支えてもらったように、友達や家族を支えたいと思います。
・パティシエールになりたいです。自分で作ったお菓子をたくさんの人に食べてもらい、みんなを笑顔にしたいです。
・人の役に立てる人になりたいです。困っている人がいたら、優しく接することができるようになりたいです。
・ファッションデザイナーになって、かわいい服などをたくさんデザインして、みんなに着てもらいたいです。
・サッカー日本代表になり、ワールドカップに出場して日本を優勝させたいです。そのために必死に練習します。
・人の役に立てる仕事に就きたいです。そのために、今から一生懸命勉強して、多くの知識を身に付けたいです。
・プロハンドボールの選手になりたいです。見ている人の憧れとなれるように、一生懸命努力していきたいです。
・デザイナーとスタイリストになりたいです。今までになかった服をデザインして、コーディネートしたいです。
・ゲームプログラマーになって、みんなが楽しめるゲーム引乍りたいです。そのために勉強をがんばりたいです。
・イラストレーターになりたいです。かわいいキャラクターを作って、みんなに喜んでもらいたいです。
・自分から進んで行動して、思いやりをもって接することができる人になるために、人の気持ちを大切にします。
・アメリカ国籍を取りたいです。そのために、これからたくさん英語を勉強して、アメリカの人と話したいです。
世界のいろいろな園を旅行したいです。ちがう国の人とコミュニケーションをとって楽しみたいです。
・介護ヘルパーになり、お年寄りの方を助けたいです。そのために、思いやりの心を身に付けたいです。
・世界遺産の全てをまわりたいです。そして、行った国の人とたくさん話をして、いろんなことを学びたいです。
・トリマーになり、たくさんの犬の世話をしたいです。そのために飼っている犬の世話を毎日丁寧にしたいです。
・バレーボール選手になって大会で優勝したいです。そのために毎日の練習をこつこつと取り組みたいです。
・世界中の国を旅して、世界のさまざまな文化や生活を学びたいです。そして日本のために役立てたいです。
・陸上自衛隊に入って、たくさんの人達を災害などから守り、人を助けて、社会の役に立つ人になりたいです。
・調理師として、自分の店を構えたいです。そのために、日ごろから料理を作り、調理師の免許を取りたいです。
・何にでも自信をもって取り組む人になりたいです。自分の意見をもち、自分を信じて行動していきたいです。
・人の役に立てる人間になりたいです。そのために自信をもってたくさんのことに挑戦していきたいです。
・プロ野球選手になって活躍したいです。そのために、毎日欠かさずランニングや素振りをしたいです。
・看護師になりたいです。病人やけが人を一生懸命看病し、たくさんの人を助けて笑顔にしたいです。
・魚釣りのプロになって、木曽川、長良川などの一級河川でバスやブルーギル、雷魚などの魚を釣りたいです。
・メジャーリーガーになって世界を代表する選手になりたいです。そのために毎日練習を真剣に頑張りたいです。
・一級建築士になって世界に一つしかない家を設計して、住んだ人が喜んでくれるような家を建てたいです。
・デザイナーになりたいです。みんなが希望しているようなデザインをして、喜んでもらいたいです。
・経理を勉強して、お父さんの仕事を手伝いたいです。そのために、算数など得意にしたいです。
・看護師になりたいです。たくさんの人を救うために技術を身に付け、冷静な判断ができるようになりたいです。
・建築家になって誰も建てたことのない大きな家を建ててみたいです。そのために勉強をがんばりたいです。
・プロ野球選手になりたいです。そのために毎日欠かさず家で素振りやランニングなどを頑張ってやりたいです。
・おいしい料理を作ってみんなに食べてもらいたいです。そのために練習をたくさんしていきたいです。
・マンガ家になりたいです。みんなに楽しんで読んでもらえるようなマンガを描いて、みんなに笑ってもらいたいです。
・警察官になって見回りをして、日本を安全な国にしたいです。そのためにルールを守って生活したいです。
・将来プロサッカー選手になってJリーグで活躍して優勝したいです。そのために一日も欠かさず練習をします。
・デザイナーになりたいです。全国の人が気に入るような服をたくさん作って、笑顔を増やしたいです。
・水泳選手としてオリンピックに出場し、金メダルを取りたいです。そのために毎日練習を一生懸命したいです。
・バルーボール選手になってオリンピックに出場し、活躍したいです。そのために毎日たくさん練習したいです。
・プロ野球選手になりたいです。4年に1回のWBCの大会に出てホームランをいっぱい打ちたいです。
・プロ野球の選手になって、ホームランをたくさん打ちたいです。そのために、毎日たくさん練習をします。
・飛行機の整備士になり、飛行機事故を完全に無くしていきたいです。そのために勉強をがんばりたいです。
・小説家になって、たくさんの人に本を読んで楽しんでもらいたいです。そのためにもっと本を読みたいです。
・甲子園に出場して、活躍したいです。そのために毎日素ぶりやランニングを真剣に取り組みたいです。
・サッカー選手になって、ヨーロッパのクラブに入りたいです。そのために毎日練習をしたいです。
・盲導犬訓練士になりたいです。人のためにも犬のためにもなることをして、たくさんの人に喜んでほしいです。
・パティシエールになりたいです。私の作ったあかしをたくさんの人に食べてもらいたいと思っています。
・マラソン大会に出て、42.195キロを完走したいです。毎日走って、じょうぶな体でいたいです。
・プロ野球選手をとるプロカメラマンになりたいです。新聞にのるくらいの写真をとりたいです。
・将来の夢は、プロの美容師になることです。そのためには、一生懸命勉強して世界でも活躍したいです。
・料理人になって店を開きたいです。そのために毎日、家の夜ごはんを作って料理の腕をあげたいです。
・困っている人を助けられる優しい人になりたいです。そのために、いけないことを注意できるようにしたいです。
・心の広い人になりたいです。そのために、どんな人にもやさしく接することができるようにしたいです。
・いろんな命を大切にできる人になりたいです。そのためにまわりの生き物を大切に世話したいです。
・カーデザイナーになりたいです。デザインした車を自分で乗ったり、乗ってもらったりしたいからです。
・ダンスをしてテレビに出たいです。見ている人に楽しんでもらえるように、笑顔いっぱいでおどリます。
・将来、人に優しくできる人になりたいです。そのために、今からしっかり親を大切にしたいです。
・世界中のいろんな国に旅行したいです。たくさんの国の人と仲良くなって、国の歴史や文化を知りたいです。
・何でもあきらめずにやりぬける人になりたいです。そのために、苦手なことにも挑戦していくようにします。
・プラモデル工場で働きたいです。そのために細かい作業でも集中してできるようにしたいです。
・甲子園に行って活躍し、優勝したいです。そのために、毎日真剣に練習し、努力を続けていきたいです。
・サッカー選手になりたいです。そのためにサッカーの練習を人一倍がんばってプロになりたいです。
・獣医師になって、動物の病気を治したいです。そのために、たくさんの動物とふれあっていきたいです。
・プロ野球選手になりたいです。野球がもっと上手になるために、素振りやランニングを毎日がんばります。
・看護師になりたいです。そのために看護師に関係する勉強を一生懸命がんばりたいです。
・マッサージ師になることが夢です。そのためにお父さんやあ母さんにマッサージを毎日したいです。
・ピアニストになって、たくさんの人に曲を聴いてほしいです。そのために毎日1時間ピアノの練習をしたいです。
・考古学者になりたいです。そのためにたくさん勉強して化石のことやその時代について知りたいです。
・思いやりのある人になりたいです。そのために困っている人がいたら自分から進んで助けてあげたいです。
・ファッションデザイナーになって、みんなに自分がデザインした服を着てもらって喜んでもらいたいです。
・決めたことを最後までやりぬく人になりたいです。そのためにどんなことも挑戦していきます。
・ぼくは柔道をやっています。オリンピックで三連覇して、日本のリーダー的存在になりたいです。
・自分で決めたことを最後までやりぬく人になりたいです。そのために学習もスポーツも粘り強く取り組みたいです。
・プロ野球選手になってホームランを打ちたいです。そのためにランニング、バッティングを毎日がんばります。
今年も柏木校長先生の式辞は、「志」と「やさしさ」に付いてお話しされました。それにもう一つ「一隅を照らす」と言う天台宗の開祖、最澄の言葉を示し、「社会の片隅でもよい、必要とされる人になれ」更には「自らが輝くことで廻りを明るく人たれ」と言った事をお話しされました。これの原点は「照干一隅此則国宝」なのだそうですが、最澄の自筆原文を見ると「照干」ではなく「照千」にも見えるという説もあるようです。つまり「一隅を守りながら千里を照らす人になれ」ともとれるとの事だそうです。
最澄がどちらを伝えたかったかは別にして、私的に解釈すれば、全体主義で考えるか、一人の英雄を望むかでは無いかと考える事が出来ます。
「一隅を照らす」一人ひとりの集合体として社会全体を輝かせるのか、一人の人の光りで全体を輝かせるのかの違いでは無いかと思います。一人の親としては、「我が子が千里も照らせる人」を望むかも知れません。学校で言えばクラス皆が輝く事を望むでしょう。いずれにしても子どもを育てると言う事は、「未来」を創り出す事に違いないと言う事です。
子育て支援として「お金」の部分での手当も重要だと思いますが、「子育ては楽しい」と言う事を実感してもらう事こそが、少子化対策には最も近道かも知れません。
2010.3.24(水)年度末
年度末も近づき、様々な物が出来上がって来ます。
みなと公園の時計塔、公園の石碑、健康遊具更には中央公民館前のバリアフリー化工事などです。
みなと公園時計塔は、29日(月)10時に序幕式を行う事になっています。
また、健康遊具は、平成21年第3回笠松町議会定例会一般質問で提案させて頂いたもので、町側も検討していたことも有り、試験的な導入が行われる事となったようです。
2010.3.20(土) 杉山邸「土蔵」の完成式
国からの経済対策交付金を活用して、土蔵をリフォーム致しました。「まちの駅」としてまちづくりの拠点としての整備が進み、笠松を語り継ぐ会がNPO法人として週3回の開館を目指して運営を行う予定になっています。
完成式には、寄贈していただけた杉山氏も出席、式典に続いて内覧会とお茶が振る舞われました。
午後からは、井村右水さんによる「薩摩琵琶」コンサートと笠松ゆかりの森蘭丸のお話をお聴きしました。森家の子孫が笠松に在住されている事も知らない方も多く、興味を引いていました。
今日のコンサートは限定60人、「おしるこ」付で1,000円のお得なコンサートでした。久しぶりに食べた「おしるこ」はおいしかったです。
最後に4月2日から12日まで行われる「山寺の桜音楽祭と創美展」のご案をされました。薩摩琵琶の井村右水さんも4月10日にご主演との案内を頂きました。4月4日に笠松の荻原文美子さんの絵画とコラボレーションする和島順子(かみしまじゅんこ)さんからもご案内のお手紙を頂きました。人の繋がりの妙な感動を感じてしまいました。
2010.3.15(月)子どもが作るお弁当の日
笠松中学校二年生を対象に「子どもが作るお弁当の日」を行いました。ほぼ一年掛けてPTA母親委員会で検討して来た事業です。私も平成21年第3回定例会一般質問で取り上げさせて頂きました。
数々の問題点を想定して実施致しましたが、対象生徒と先生総てがお弁当を持参して頂きました。教育町を始め郡内他校のPTAの方々も検証に来て頂き、上々結果だったのではないでしょうか。
私の次男も喜んで弁当を作って行きました。サッカー部朝練習に行くより早く起きてきました。それより前夜に卵焼きを練習、「お父さんおつまみだよ!」と言って持って来てくれました。おいしかったです。(^_^)v
2010.3.9(火)笠松中学校卒業証書授与式
平成21年度 第63回笠松中学校卒業証書授与式が厳粛なる中で挙行されました。16,699番から202人の卒業生が巣立って行く事になりました。卒業生合計16,901人になります。三年前までは色々な事が有りましたが、この三年間水谷校長先生を始め職員・地域を含めた皆さんのご尽力でかなり安定してきました。しかし、多くの問題点も残されたままである事も事実です。丁度水谷校長先生が赴任されて来た時に入学した生徒達の卒業です。感慨もひとしおだったと思います。何をもって成功と言えるのか、それは卒業生達が大人になるまで待つしか無いのかも知れません。外野が総てを判断するのは危険なのかも知れません。それぞれの関係者がそれぞれに総括した三年間でした。
2月
2010.2.7(日)第64回名岐駅伝
2010.2.13(土)笠希な集い20
2010.2.14(日)入学手続き
2010.2.17(水)八幡神社・産霊神社例大祭
2010.2.17(水)岐阜工業高校同窓会総会委員会
2010.2.18(木)岐阜新聞 野村 克之 氏 講演
2010.2.20(土)「湊町浪漫」開催
2010.2.21(日)笠松力検定
2010.2.21(日)帰り道
2010.2.21(日)帰り道
笠松検定も無事終えて、歩いて自宅まで帰ることにしました。昨日から行われている、NPO法人元気きそがわ主催の「笠松カワミナト町屋回廊祭」に協賛し、岐阜県立特別支援学校高等部木工班の皆さんによる作品展示と即売が開催されていたことを思い出しました。場所は笠松町の本町通りにある「本町文化サロン」です。昨日、三男、家内と一緒に歩いていた時に見つけ三男が欲しがった木の形のおもちゃをもう一度見てみたくなりました。木の葉に見立てた一番上の所からビー玉を転がすと、とても不思議な“音”を奏でます。高さ40cmほどの作品の値段は1,000円。「特別支援学校にカンパする気持ちでどうぞ」言われたことと、その音に心惹かれ購入してしまいました。
作品をもって“うきうき”しながら帰宅途中、託児所の先生が子ども達を乳母車に乗せての散歩に出会い、道でその“音”を聞いてもらいました。「ステキな音ですね!」の言葉にさらに“うきうき”・・・試験結果も忘れ楽しい一日になりました。
2010.2.21(日)笠松力検定
笠松力検定(初級)の試験が行われました。「議員は全員参加すべし」との一言で参加が決まったのですが、試験という物を受けるのは何年ぶりでしょうか?もちろん試験勉強も何時やったことやら・・・
テキストをいただいていたのですが全く開くこともなく、昨夜やっと一通り目を通す事が出来ました。
試験終了後、回答をいただいたので答え合わせをしてみると、一問間違えた様で100点は取れませんでしたが、どうやら及第点は頂けた様です。
笠松町生誕120年を記念しての第一回目ですが、町内外から180名程の参加申し込みがあったとの事です。今後の展開が楽しみですが、試験はもういいです。ホント・・・
問題用紙はこちらからダウンロードして下さい。
回答用紙はこちらからダウンロードして下さい。
尚、どちらも私がいただいた物をOCRでテキスト化した物ですので実際の物ではありませんのでご理解下さい。
2010.2.20(土)「湊町浪漫」開催
NPO法人元気きそがわの皆さん主催による「湊町浪漫」が行われました。本町通りのショウウインドウには「おひな様」が飾られ、スタンプラリーも開催されました。
家内と三男を連れて「杉山邸」→「あづまや」と行った後にスタンプラリーに挑戦です。3人で楽しくスタンプを集めました。何組かの親子連れのかたも一緒に行う事が出来ました。スタンプラリー完走のご褒美に新笠松銘菓マルベリーシリーズ4点セットをいただき三男は大喜びです。
次回イベント時のご提案をさせていただきました。
2010.2.18(木)岐阜新聞 野村 克之 氏 講演
昨年の3月18日にもお話しをお聴きし、同年12月12日に朝日大学市民講座「死刑を考える」のコーディネーター役でお見かけ致しました。今度は岐阜新聞総務部へと異動となったとこの事です。
昨年の衆院選から岐阜市長選、今年の参院選への“ここだけの話し”をユーモアたっぷりにお聞かせいただけました。所用で講演後の懇談には参加出来ず中座させてもらいました。今後のご活躍を祈念致します。
2010.2.17(水)岐阜工業高校同窓会総会委員会
昨年から始まった今年度の総会委員会も12回目です。5月の総会に向けて最後の一踏ん張りの所に来ています。多くの諸先輩方や地域の皆様方に支えられているのが良く解ります。私は副幹事長として初めての事ばかりで戸惑う事ばかりです。皆さんにご迷惑をお掛け致しておりますが今後ともよろしくお願いいたします。
2010.2.17(水)八幡神社・産霊神社例大祭
毎年恒例なっています、両神社の例大祭ですが、私が参拝させていただきますのは初めての事です。本殿の中に入るのも初めてで少々緊張致します。写真は八幡神社のものですが、産霊神社のそれは両側の柱に龍の彫り物があり立派な物です。
こうした神社を守り抜いて行くのも“まちの力”なのかも知れません。しかし、近年では役員を引き受けていただけても1〜2年で替わってしまわれると古い役員さんの一言。こうした伝統を守り抜く厳しさを伺いました。
2010.2.14(日)入学手続き
長男が入学する事となった大学の入学手続きに伺って来ました。高速道路を使って我が家から一時間程で到着となったのですが、ナビが大学正面入口を示さなかったのでぐるりと一回りする事となってしまいましたが何とか時間までの手続きを行う事が出来ました。
その後、学内にある学生寮の入寮申し込み面接を行いました。一通り説明を受けた後、実際に生活している所を拝見したのですが・・・面接をしていただいた職員の方が「それでもと言うなら・・・」と言われた事がやっと理解出来ました。そのすさまじい生活環境には少々面食らってしまいました。長男もここで「生きる力」が充分に養われる事で有ろうと思われます。
昼食に訪れたショッピングモールで発見したのが「お好みたいやき」。思わず買って見ましたが、その形と味のアンバランスには少しびっくり!!おいしいお好み焼きでした。
帰りには、高速道路を途中下車、以前家内が働いていたところを親子三人で見てきました。懐かしさと新しい希望に満ちた一日になりました。
2010.2.13(土)笠希な集い20
立春も過ぎたと言うのにまだまだ寒い日が続く中、「笠希な集い20」を開催致しましたところ、多くの皆さんにご参加いただくことが出来ました。本当にありがとうございました。
「笠希な集い」として報告会を開催させていただく様になってから20回を数えるに至りました。丁度「成人式」を迎える事となったわけです。一人前の大人と呼ばれるに恥じぬ様、今後も精一杯取り組んで行きますので、ご支援よろしくお願いいたします。
2010.2.7(日)第64回名岐駅伝
回覧板で岐阜工業高校の陸上部の選手が名岐駅伝初出場との事、2区→3区への中継点が笠松町大洋電機前で行われると案内がありました。
選手を見てみると、長男と同級生が2区を走るとあります。早々出かけて見ました。沿道には多くの方が応援に駆けつけておられ、交通規制もあって非常に混雑した状況です。何を隠そう、沿道で応援するのは東京オリンピックで聖火ランナーが旧県庁前を通過する時に父に連れられて行った以来のことです。当時は3歳ぐらいだった思いますが、大勢の人にもまれて、いつ走ったかどんな格好だったのかも思い出せません。父の大きな背中と五輪の旗を力一杯振っていたのを思い出すだけす。
今日の駅伝に合わせて、我が母校も校章が描かれた小旗を作っての応援です。現地に行くと校長先生と副校長先生にお会いし、選手が良く解らない私に「今来ました、あの子です!!」と教えて頂いたのですが、気がつくとすでに後ろ姿。「90番のゼッケンが解るから良いですよ」と副校長先生に慰められました。
結果は初出場と言う事でこらからと言う事ですが、春には高校バレーの全国大会にも出場出来そうな勢いだそうで「嬉しい悲鳴」だそうです。
1月
2010.1.1(金)あけましておめでとうございます。
2010.1.2(土)豊川稲荷とセントレア
2010.1.3(日)同窓会
2010.1.4(月)御用始め
2010.1.7(木)凧づくり教室
2010.1.8(金)長池地内火事
2010.1.9(土)町歴史民俗資料館 企画展「新年企画 干支寅年展」
2010.1.10(日)左義長・新成人の集い
2010.1.18(日)第五回木曽川凧あげまつり
2010.1.18(月)第三回まちの駅「駅長会議」
2010.1.19(火)平成21年度「豊かな心を育む教育」推進事業全体会
2010.1.24(日)チケット・新春ファミリーマラソン・幟旗
2010.1.25(月)マルベリーサンドモニタリング
2010.1.27(水)田中勝士後援会伊勢神宮参拝バス旅行
2010.1.30(土)市民活動フォーラム2009
2010.1.30(土)市民活動フォーラム2009
犬山市・(特)犬山市民活動支援センターの会が主催で「市民活動フォーラム2009」が犬山国際観光センター フロイデ で開催されました。テーマは、「もっと!まちを元気にするために・・・」です。
1月17日に行われました「第五回木曽川凧あげまつり」の時に犬山市議会議員山田拓郎さんから(特)犬山市民活動支援センターの会 専務理事兼コーディネーターの川島典之さんをご紹介頂いたのがご縁で、第二部の「地域自治組織とNPOの協働」をテーマにシンポジュウムに参加いたしました。
コーディネーターに中田 寛(愛知江南短期大学学長 コミュニティ政策学会会長) 氏、四人のパネラーの皆さんがそれぞれの地域での地域内分権とNPOとの関わり方などのご報告を頂きました。
名張市 地域経営室 副室長 秋 永 正 人 氏
(小学校区14の地域に地域づくり委員会を設置し活動)
豊田市 朝日丘地域会議 会長 春 日 井 孝 氏
(中学校区を主体にして26の地域会議を設置して活動)
恵那市 山岡地域自治区 (特)まちづくり山岡 理事長 黄 地 尚 幸 氏
(13地域自治区で活動を行い、毎年活動発表会を行っている)
NPO法人ぷらっとほーむ 理事長 篠 田 忠 昭 氏
(財産管理、成年後見制度の申請と支援、入院・施設入所の保証高齢者・児童の虐待相談、法律相談(遺言作成など)等の活動
興味深い内容と多くの資料を戴くことが出来ました。今後の政策に生かして行きたいと思っております。
2010.1.27(水)田中勝士後援会伊勢神宮参拝バス旅行
田中勝士後援会伊勢神宮参拝バス旅行は、今年で四回目を数えます。今年も抜ける様な青空の下、四台のバスを連ねておよそ170名の皆さんと一緒に真新しい宇治橋を渡ることになりました。これもご支援戴ける皆様方のお陰と感謝致しております。
今年は、例年とコースを変え、昼食場所も変更致しました。それが功を奏したのか皆さんとても満足して頂くことが出来ました。これからも一層のご支援賜ります様、よろしくお願い致します。
2010.1.25(月)マルベリーサンドモニタリング
NPO法人「元気きそがわ」の皆さんが名鉄笠松駅の「ふらっと笠松」で笠松試作特産品マルベリーサンドのモニタリングを行いました。
マルベリーとは桑の実の事で、新特産品として数々の商品が提案されています。「パカパカ団子」「桑の実ロール」「桑の実だんご」に続いて登場したのが「マルベリーサンド」です。
「マルベリーサンド」は透明感のある生地にフルーティーな桑の実ジャムがサンドされています。ほのかな酸味と程よい甘みのバランスが良い感じです。食感もなめらかでとてもシルキーです。値段と売り方、ネーミングも重要な要素だと思います。
モニタリングでもネーミングや価格について調査を行っています。女性を中心に多くの方がモニタリングに応じられていました。
こう言った機能こそが「ふらっと笠松」に求められる最も重要な要素ではないでしょうか!
2010.1.24(日)チケット・新春ファミリーマラソン・幟旗
羽島文化センターで3月25日(木)に開催される「さだまさし アコースティックコンサート」のお知らせをいただきました。友の会「センターメイト」会員へのチケット販売が本日午前9時からとのことです。一般販売は一週間後です。昨日、状況を文化センターへ問い合わせたところ、今回のコンサートの為にだけ「センターメイト」に加入された方も多く、明朝はどれ位の方が並ぶのか見当もつかないとのことです。実際に昨日の昼過ぎにはすでに一番乗りの方が並んでおられました。そのような事で一度も並んだ事は無いのですが、今回は少し早めに出かける事にしました。
6時半頃に工場で稼働している成型機の様子を確認後、文化センターへ行くとすでに60人程の行列になっていました。8時半にいただいた整理券は「61」。それからチケットが入手出来るまでおよそ一時間が掛かってしまいました。
急いで新春ファミリーマラソンが行われている笠松競馬場へ駆けつけると、ちょうど三男がゴールするところに間に合いました。1,100mの馬場を走るのは相当つらかった様で、「二度と走るもんか!」と話していましたが、私はキット来年も走るに違いないと読んでいますが、どうでしょうか?
それから、会社に戻り「まちの駅」でもある私の工場、「笠希な駅」へ昨年11月に戴いておりました「幟旗」をあげることが出来ました。
2010.1.19(火)平成21年度「豊かな心を育む教育」推進事業全体会
羽島郡二町教育委員会主催による平成21年度「豊かな心を育む教育」推進事業全体会が岐南町中央公民館大集会室で開催されました。
優秀教員として三名の方がSES認証を受けられ、笠松中学校の冬野先生が文部科学大臣表彰を受けられたことの伝達がありました。
その後、(株)恵那川上屋 代表取締役 鎌田 真吾 氏による「栗きんとんの恵那栗で心育て・人づくり」と題した講演をお聴きしました。栗と人と地域に対する想いの深さをお聴きすることが出来ました。
2010.1.18(月)第三回まちの駅「駅長会議」
昨年、11月25日からまちの駅としてスタートして三回目の駅長会議となりました。今回も最後まで参加出来ず、途中退席となってしまいました。すぐに議事録をいただき、内容の確認と次回の予定を知ることが出来ました。
少しずつ、少しずつ、まちが動き出したような気がします。
2010.1.18(日)第五回木曽川凧あげまつり
2006年1月22日(日)に第一回木曽川凧あげ大会として始まったこのイベントも今年で五回を数えるまでに成長させていただきました。第二回は、2007年2月22日(日)、第三回目からは1月第三日曜日に固定し、参加頂ける方々への配慮ができるようになりました。そして第四回は全国大会として14都府県28団体127名の凧師の皆さんに参加いただきました。
今年は、笠松町生誕120年記念として町が12畳の大凧を製作。それも大きな話題なうえに、カラフルタウンが強力にバックアップしていただきました。年末年始で計、八回200組の凧づくり教室の開催、笠松町大凧展示、当日の参加賞と優秀賞への賞金等、感謝にたえません。また、一般の町民の方からも毛糸の帽子を200個も戴き、参加賞として華を添えることが出来ました。
それにもまして、各種団体や企業、一般の皆さんによる口コミやポスター掲示、チラシによる呼び込みなどのお陰で、今までで最高の参加者となりました。物販や飲食でお店を出していただきました皆さんも「商売になったよ!!」と言っていただいたことが最高に嬉しかったです。三回目までは、岐南町の皆さんが準備して下さる、「豚汁」が余ってしまい、近くのグランドで練習に励むスポーツ少年団の子ども達に食べてもらったこともありました。
何よりも参加して下さった、子ども達、お父さん・お母さん方、更にはお爺さんお婆さん、三世代全ての皆さん方が見せて下さった「笑顔」のすばらしかったことに感謝です。
夜、行われました「反省会」も大いに盛り上がり、次回に夢を繋げることが出来ました。
ご尽力戴きました全ての方とご参加下さった皆さんに心から「感謝」申し上げます。ありがとうございました。
2010.1.10(日)左義長・新成人の集い
最近は左義長、出初式、新成人の集いが重なってしまいます。氏子役員の皆さんには申し訳ないと思いつつも準備のお手伝いを少しだけして出初式へと出かけました。(出初式の記事は消防団のコーナーへ)
午前11時過ぎに出初式を終えて急ぎ、葬儀に参列後、中央公民館大ホールで行われます「新成人の集い」へ急ぎます。中央公民館の入口ではかさまるくんとかさまるちゃんが新成人を迎えています。
今年の新成人は、全ての方が平成生まれとなりました。つまり“平成”の成人式も兼ねていると言えるのかも知れません。私達、大人は平成をどんな育て方をしたのでしょうか?
式典自体は20分程でしょうか、私達来賓は退席となります。今年もその後、照明室で新成人達が企画した映像を拝見、乾杯を行い歓談が始まるまで見届ける事にしました。
会場が静かで落ち着いているのです。最も歓談になると同窓会になるのですが、式典や映像を見ている間は静です。それにあまり奇抜な服装や髪型の新成人も見かけません。ニュース映像を見ていても一部を除いて実に品行方正な姿やコメントが多く感じられました。バブルが弾け、右肩上がりを知らない世代の特徴でしょうか?その反動か夢もそこそこな物で有る様な気がしました。
子どもだけではなく、大人も堂々と「夢」を語る事ができる様な時代をもう一度、実現させたい。そう感じて会場を後にしました。
2010.1.9(土)町歴史民俗資料館 企画展「新年企画 干支寅年展」
笠松町歴史民俗資料館では企画展「新年企画 干支寅年展」を1月5日(火)〜2月7日(日)まで行われています。毎年恒例の企画展ですが、昨年で干支が一巡、今年からは二回り目に入ります。つまり寅年展は二度目の開催となります。今年も宮崎惇先生からご寄付頂いた物を中心に900点におよぶ作品が展示されています。その中でも私が最も気に入ったのは1cmにも満たない、小さな木彫りの虎です。日光東照宮にある“見ざる”・“聞かざる”・“言ざる”ならぬ、“見トラん”・“聞トラん”・“言トラん”だそうで、大きな拡大鏡の下で鎮座しておられます。必見の価値有り??!!です。
今回は、母・長男・三男との四人で出かけました。母は寅年生まれの方を見ては一人感心?していましたし、三男はお年玉で買ったDsで写真撮影に夢中です。血は争えないか!!
2010.1.8(金)長池地内火事
夕方17時前位だったでしょうか携帯電話に「川島さん、長池で火事らしいけど何処ですか?」と連絡が入りました。ちょうど岐阜市柳津町佐波の方に出かけていて知らなかったので電話で確認、すぐに現場に出向きました。消防団を退団してから8年が経とうとしています。火事のサイレンでも、救急車のサイレンでも目が覚めなくなって久しいのですが、それでも火事となると心が痛みます。
今回も地場産業である繊維関係の工場からの出火です。工場兼住居になっていた様ですが、出火当時は不在でけが人等は無かった様です。ただ多くの既製服が置いてあり鎮火するのに時間が掛かった様です。北及であった倉庫の大火を小さくした様な状況ではなかったかと考えることが出来ます。
2010.1.7(木)凧づくり教室
第五回木曽川凧あげまつりに協賛頂いています「カラフタウン」での凧づくり教室も今日が最終日です。昨年の12月26日(土)27日(日)、今年1月6日(水)7日(木)それぞれ13時からと15時からの2回、合計8回で各回25名の総合計200名のご家族に凧づくりを体験して頂くことが出来ました。
自分の作った凧が揚がると老若男女、全ての人が大喜び。その姿を見ているとこちらも嬉しくなってしまいます。
今日は、最終日なので滝の広場に掲げられた笠松町生誕120年記念大凧も収納しなくてはなりません。ウインチをリモコンで床に降ろして、綺麗に丸めて行きます。最後にブルーシートで丸めて包んで終了です。
一人でも多くの方が凧あげまつりに参加して頂けることを祈念しています。
2010.1.4(月)御用始め
官庁の御用始めの今日は、最初に笠松町の式典に参加となりました。例年は議長だけの参加でしたが今年からは副議長も一緒にと言う事です。その後、議長と近隣の官庁への年始挨拶を行いました。
例年は笠松町内の施設への年始廻りをしたいましたが、今年は出来ませんでした。今年もよろしくお願い致します。
議会事務局にも初春模様になっていました。
中央競馬で活躍中の笠松所属のラブミーチャン。5連続優勝を記念して懸垂幕が庁舎四階から掲げられました。
2010.1.3(日)同窓会
笠松中学校卒業35周年記念同窓会が行われました。卒業35周年で昭和34・35年生まれの私達同級生はこの3月までに50歳を迎える事になります。所謂大人と言われる年齢になって来たのですが、同窓会が始まるとすぐに中学生に戻ってしまうのが不思議です。初めての参加も多く、また同級生同士のメーリングリストに参加していなかった子達も新規加入したくれた様です。
先生方も担任以外にも当時在籍された名和先生を始め、一年生の時に担任した頂いた河野先生もお迎えする事が出来ました。ご尽力頂いた役員の皆さんには感謝・感謝です。
会の最中には松枝小学校の学年同窓会の話しもまとまり、当時の先生に電話まで掛けてしまいました。何人も替わって電話を取り、申し訳ない事をしましたが、キット先生も喜んで頂いたと確信いたしております。
再会を約束して3次会での解散となりました。すばらしい恩師と同窓生に巡り会え得た事に感謝致します。ありがとうございました。
2010.1.2(土)豊川稲荷とセントレア
今年で20回目の参拝になるのでしょうか。元旦に降った雪の影響で二日の今日は長い参拝の列が出来ていました。今年は長男と三男だけを連れての参拝となりました。長男の大学合格祈願の御礼を済ませる事が出来ました。
帰りには飛行機が見たいという三男のリクエストでセントレアへ行く事になりました。ワンデイチケットの名鉄乗車券のお陰で割安に行く事が出来ました。三男は私からカメラを取り上げて飛行機やロボットの写真を撮るのに夢中です。「また写真撮りに連れってくれる?」の一言を残して帰路につきました。
2010.1.1(金)あけましておめでとうございます。
大晦日からの思いもよらぬ大雪に見舞われました。元旦に掛けてのこれだけの雪は久しぶりと言うか、記憶に無い程です。過去に新聞配達や郵便配達をしていた事も有ったので、この皆さん方のご苦労が忍ばれます。
大晦日から元旦に掛けては、西別院で除夜の鐘を突きに行くのが最近の慣例になっていました。三男も今年から一年生と言う事で一緒に行く事になっていたのですが、この雪では断念せざるを得ません。
それでも元朝式は早朝五時から羽島オークション会場を舞台で行われます。流石に例年に比べ参加されている方は少ない様に思われました。年頭の辞をお聞きして一層気が引き締まって来ました。
元朝式に引き続き初日の出を見て・・・とは行かず、午後からは、雪の中を笠松町内の神社へ家族で初詣に行きました。雪ではしゃいでいるのは・・・三男と家内?です。最後にみなと公園の水神様に参拝した後は、誰も歩いていない雪の上に御転がってはしゃぎ回っています。
昨年一年間は、非常に厳しい年となまりました。今年こそは緩やかでも上昇へと基軸が移って行く事を願うばかりです。
笠松町にとってもかなり厳しく、重要な一年になると思います。今後とも皆さんのご支援を受けて一層精進して行く所存です。ご指導頂けます様、御願い致します。